こんにちは、ドビュッシー男子の奥山村人です! 友だちを作るのが滅亡的に下手な僕、どうすれば友だちができるのかを皆さんに相談していました(「無職だって友だちが欲しいんです」)。そして今回も、バラエティに富んだ多くのお便り・コメントが寄せられました。
連載を始めてからというもの、上は56歳から下は10代まで、様々な年代・立場の方から色んなメッセージを頂きます。熱い応援から、厳しいお叱りまで。messy読者層の幅の広さに驚きつつ、コメントを読んでいきます。
・ご自身でわかっていらっしゃるように、「よくよく見直してみれば、僕は嫌なところだらけです」以下の性格を改めて、趣味のオフ会にでも行けば大きく前進できると思います。
・小さい居酒屋やバーの常連さんになる
・ジムや習い事に行ってみる
・ネットゲームから友達を作ってオフ会に参加
・孤独を噛みしめながら生きていくしかありません
・全く利害関係にない人。そういう他者さんなら色んな価値観の人がいます
と、このようなアドバイスが寄せられました。なんか要するに、よく知らない人とオフ会で会えってことだな。なるほど。
というわけで五月某日、僕は住所不定無職という名前の女性四人組バンドの曲を聴きながら、大阪は梅田に向かう阪急電車に揺られていました。
オフ会に行くという方針は決めたものの、具体的にどうすれば良いのかさっぱりわかりません。しかし、家でグズグズしていては、自分の中であれこれと理由をつけいつまでたっても行動に移らない気がしたので、とりあえず外出したのでした。つまり、この時点ではまだ、どんなオフ会に参加するか、決まってもいなければアテもないわけです。この連載や僕の人生と同じように、まったく大分、行き当たりばったりです。
とりあえず、京都に比べ大阪というそこそこの規模の都会まで出た方が色々オフ会のアテがあるかと思っていたのですが、話はそう簡単ではないらしいということが調べるうちにわかってきました。
そう、オフ会というのは基本的に、事前に参加者を募り、色々な段取りをへて実現するものらしいのです。こんな風にいきなり出てきても、そう簡単に参加できるわけじゃない……僕はオフ会を舐めていた……。自分のオフ会というものへの認識の甘さを痛感しながら、オフ会募集専門サイトの掲示板をしらみつぶしに確認していたら、ふっと救いの書き込みが目に飛び込んできました。
「今から梅田でオフ会やりたいんだけど。誰かいませんか?」
これだ! と思い、早速メッセージを送りました。
マルチ業者と誤解されたオフ会
指定された飲み屋に行くと、明らかに僕より10以上、歳上の二人組が飲み始めていました。
僕「奥山村人と申します! 本日はどうぞよろしくお願いします!!」
と深々と一礼した僕に、二人はきょとんとした顔を向けました。やばい、なんか痛い奴だと思われているぞ、そんなアレをひしひしと感じながら、とりあえず席に座ります。
Aさんは三十過ぎの男性、東北で農家をしていて、年に一度の割合で大阪に旅行に来るのだそうです。そして、その度にネット経由でオフ会を開き、見ず知らずの人と飲んでいくのだとか。一方Bさんは四十過ぎの公的機関に勤める男性、昔はタウン誌のライターをしていたとか、靴職人だったとか、人生経験の豊かそうな人でした。
そしてこの二人。なんと、一昨年に全く同じ流れで一緒に飲んだことがあったそうなのです。しかし、そのときアドレスも交換していなければ再会する約束もしていない。今回、お互いがお互いと知らずに、ネットの書き込みだけを便りにやって来たところ、偶然の再会を果たしたというのです。
僕「それってすごいミラクルじゃないですか!」
興奮気味に台詞を発した僕に、二人は冷ややかな目を向けました。何か、さっきからどうも様子がおかしい。
Aさん「君さぁ、最初からずっと礼儀正しすぎてなんだかうさんくさいんだよね。マルチ請? それとも宗教? 多いんだよねぇ、オフ会でその手の勧誘する人。もうちょっと上手くやってくんないとさ。で、何?」
とあらぬ疑いをかけられていたことが判明。これじゃ友達になんてなれない! 必死で弁解すること十五分、オナニーの話で盛り上がるなどして、やっと誤解がとけてきたあたりで、ふと気づきました。友達を作るなら、もっと同年代の集まりに参加するべきではなかったのか。歳が離れすぎていて、中々これは、ジェネレーションギャップがきついぞ、と。
無職であることや、28歳であること、などを包み隠さず話すと、意外に拒絶反応は全くなく、二人は親身になって話をきいてくれました。あれ、おかしいな。普段messy読者のみなさんからの厳しい意見に晒されている僕は、むしろかなり拍子抜けしてしまいました。なんだよ、説教してくれないのかよ、と。
ピンときた僕は、二人に聞いてみることにしました。
僕「お二人は、働いていらっしゃらなかった期間ってありますか?」
イラッシャラってなんやアラビア語みたいやな、とか思いながらそう尋ねると、二人ともあっさり「あるよ」と答えてくれました。Aさんは実家の農家を継ぐ前、数人の水商売の女性と付き合いながらヒモをしていて、就活をすると言っては金をもらい、スーツを着てゲーセンで麻雀して帰るルーティンを繰り返していたとか。一方Bさんはというと、同居していた男の人に数年養ってもらっていたとか。そんな話をしてくれました。
Bさん「別にいいんじゃねぇかなぁ、働かないでいいうちは、働かなくても。どうしても切羽詰まったら、そのとき考えればいいんだし。俺も切羽詰まらなかったら、今働いてなかったと思うよ」
なるほど、現実的なような意見ですが、どうにもわからないことがありました。
僕「今無職のせいなのか、つい毎日自殺について考えちゃうんですよね。お二人はそういうことなかったですか?」
そう刹那的に気楽に日々を送れるわけじゃない。だって、今という時間は、未来のイメージから常に影響を受けてしまうものだから。
Aさん「そんなの、働いててもあるよ。デカい鬱から軽い鬱まで。軽く死にたいなんて誰でも毎日思うだろ」
Bさん「俺も今日死にたかったからさ。そういうときはさ、人と会って何か話すようにしてるよ。オフ会とかじゃなくても誰か……」
僕「友だちがいないんですよ!! 人見知りが激しくて、世間話もロクに出来ない、圧倒的にコミュ力が足りないんです! どうしたら! 人と仲良くなれるのか、テクを教えて下さい!」
Aさん「いやいや、テクとかはどうでもいいんだよ。多分奥山くんはさ、無理して人に合わせ過ぎちゃうときがあるんだよね。それである日突然何もかも嫌になって、人間関係放棄しちゃうんじゃないかな?」
Bさん「我慢し過ぎないのがコツだよ。相手を楽しませるだけじゃなくて、自分も楽しまないと、相手も嫌になっちゃうだろ」
人と仲良くなるには、友だちになろうとするとかじゃなくて、まず一緒に過ごす時間を楽しむのが大事らしいのです。そして無理して人に合わせない。我慢しすぎない。
絶望的な結論
三時間くらい話したあと、帰ることになりました。Bさんと帰る方向が同じで、一緒の電車に乗って帰ることになりました。アドレスでも聞こうかなと思い、携帯を取り出したところで「あ!」とひとりでに悲鳴みたいな声が出てしまいました。どうしてか、死ぬほど息苦しい気持ちになった。吐き気がとまらなかった。「これからちょっと、友だちのとこ寄る用事が出来てしまいました」と僕が言うと、Bさんは怪訝そうな顔をしました。だって今日ずっと、友だちがいないって話ばかりしていたというのに。Bさんが口を開く前に、「それでは。今日はありがとうございました!」僕はダッシュで梅田の町を走りました。
終電間近の駅に向かう人々の雑踏を逆走して、僕は巨大歩道橋の上までやって来ました。どんよりと、心が重くなっていくこの感覚。これはデカいほうのやつだ、という気がしました。やばい、死にたいぞ。どうしてだ。良い人たちだったし、色々親身になって話きいてくれて、人と仲良くなる秘訣まで教えてもらったじゃないか。あとはそれを実践して、これからどんどん友だちを作っていけばいいじゃないか。なのに、なんでこんなに死にたいんだ。その場でうずくまり、頭を抱えてしばらく震えているうちに、ふと気づきました。
……いや、そうか。しかしこの結論はどうなんだ。ここまでの展開、今回わりと前向きで良い感じだったじゃないか。これひっくり返したら、絶対叩かれるよ。っていうかボツかも。どうしよう……でも、会社をやめるときに、決めたじゃないか。もう自分に嘘はつかない、そんな風にしてゲットした利益や幸福感なんて、あっという間にぶっ壊れて消えてくからだ。虚しくなるに決まってるからだ。だからよし僕はいくぞ。やるぞ。オラァ! 今から全部ひっくり返すぞ!!
すーと息を吸ってはーと吐き、大阪の夜に向かって僕は絶叫しました。
「友だち、い、ら、ねぇーーーーーっっ!」
「人と仲良くなんかしたくねぇーーーーーーーっ!!」
自分でもビックリでした。というか絶望的な結論に辿り着いてしまいました。今回、久しぶりに見ず知らずの人と会って飲みに行くまで、全然わからなかった。自分は友だちが欲しいのだと心の底からマジに本気で思っていたのに、どうやら、どう考えても、一緒にいるのが苦痛でしかない。楽しめない。無理なのだ、ということに気づいてしまいました。最悪じゃないか!!
オフ会で出会ったAさんとBさん、歳は離れていたけど、あの二人は何も悪くないどころか良い人だったと思います。問題はもちろん、前回のハローワークと同じく僕にありました。二人が教えてくれた、人と仲良くなる秘訣。自分も、他人と一緒にいる時間を楽しむ、という結論。それがどうにも受け入れられなくて、僕はさっきから心が沈んでどうしょうもなかったのです。
でも何故。何故って……何故だろう? 誰と一緒にいても、不快で不安で仕方ない。上辺だけ笑っていても、心の中はむしろ、一人でいたときよりずっと凹んでく。恋人といてもそれは変わらなかった。罰ゲームか拷問だった。どうして僕はこんなに他人と一緒にいるのが苦痛なんだ……。
歩道橋にもたれかかって、しばらく一人でうずくまっているうちに、原因不明の体調不良はすっと収まっていきました。僕はとても情けない気持ちで立ち上がり、トボトボと暗い夜のとばりの中、帰り道を歩きました。
ふと、出かける前に読んだ読者のコメントの一つが頭の中によみがえってきました。こんなコメントでした。
・孤独を噛みしめながら生きていくしかありません
でも、嫌だな、それは。
奥山村人(おくやま・むらひと)
1987年生まれ。京都在住。好きな映画は人が不幸になる映画。Twitter:@dame_murahitoBLOG:http://d.hatena.ne.jp/murahito/