KENJIさんとの対談終了後(女子会の帝王が無職に美タミン注入☆ 元カノのことは忘れなさい!)、担当編集者が「これからどうするつもりなんですか?」と聞いてきました。「それは人生のパースフェクティブ的な意味で?」「や、今夜予定でもあるのかなって」何の予定があるはずもありません。「じゃ、飲みに行きますか」というわけで僕たち、新宿を飲み歩きました。実は担当編集者もまた、元カノのことが1年近く忘れられず引き摺っているという悩みを抱えていたのです。
他社の編集者も合流して深夜までカラオケで喉が潰れるまで失恋ソングを絶叫し、ふと気づけば零時も過ぎていました。当然京都に帰れる時間ではありません。「てか奥山さん、どこか泊まれるとこあるんですか?」「うーん……住所不定無職だな」「じゃあ、寝袋くらい貸してやりますよ」このあたりからまだらに記憶が飛んでいるのですが、フラフラと千鳥足で担当編集者のアパートに向かい、彼が何か言うより先にベッドに横になって目を閉じました。
翌朝、太陽の光に目覚めるとベッドの下のフローリングで担当編集者が寝袋にくるまって寝苦しそうに横になっていました。なんか悪いことしたなぁ、と思いながら、今何時だろうと携帯電話を確認すると、元カノからメールが来ていました。
>いつ、どこで?
びしゃっと頭蓋骨を引き戸に挟まれたような衝撃で意識が目覚め、慌てて担当編集者を叩き起こしました。
僕「いつ、どこで? ってどういうことよ!?」
パニックになりながら担当編集者に携帯を渡すと、彼は舌打ちをしながら僕の携帯を確認し、しばらくして送信履歴の画面を僕に見せてきました。
>今、東京に来てるんだ。君にどうしても会いたくて、会って、話したいことがあって。会えないかな? 会ってくれなかったら、死にます。おい、本気だからな。
担当編集者「……僕も経験あるからわかるんですよねぇ。あんた、昨日酔って元カノにメールしたようですよ。どうすんですかこれ。全然、KENJIさんのアドバイス無視しちゃってるじゃないですか。せっかく無理言って東京に呼んでやったのに、これじゃ台無しだ。僕まで怒られちゃいますよ。嗚呼、会社行くの憂鬱だなぁ……」
僕「き、君なら、どう返信する? 会わない方がいいのか?」
うーん……としばらくうなって考え込んでいた彼は、急に僕から携帯をひったくり、素早く僕のフリをして元カノにメールを送信。
>週末に、海で
それから担当編集者は、物凄く不機嫌そうに「僕なら、会う」と言いました。
海で初デート♡
>四号車の五号車に近い端の座席
新宿から中央線の快速に乗りこむと、すぐに元カノのミョンちゃんが見えました。無言で彼女の横に座り、まじまじと顔を見ます。二年以上も会ってないというのに、なんだか久しぶりに会ったという感じがしませんでした。
ミョンちゃん「私に何も言わずに京都に帰った癖に、今さら急にやって来て、勝手言うよね。まぁいいや。最近何してたの?」
東京駅で湘南新宿ラインに乗り換えて、江ノ島に向かうことにしました。一時間以上電車に揺られる、ちょっとした遠出です。
ミョンちゃん「っていうか私たち、これが初デートってことになるのかな? うーん、狂ってるよね!」
よくドン引きされるのですが、僕、デートというものが極端に嫌いで、元来あまりしたことがないのです。付き合っていた頃、ミョンちゃんも何かと急がしく、もっぱら学校やお互いの家で会うことばかり。互いにインドア派だったので特に不満はないつもりでした。外食はたまにしましたが、丸一日潰してどこか遠くに出かけるなんてこと、出会ってから9年経ちますが、僕たちの間にはこれまで一度もなかったことでした。
「最近エッセイの連載とかしてるけど」「え! すごいじゃん!」「すごくないよ」「どんなの書いてるの?」本当のことなんて言えるわけない。「れ、恋愛コラム? 固定観念に規定されない自由な男女の性愛について」「すぐバレる嘘つくよね?」「……ミョンちゃんは最近どうなの」「先週、会社帰りに芸能事務所にスカウトされた! 女優になろうかなっ?」「CMでガッポリ稼いで、僕を養ってくれよ」「無理だね」
鎌倉に辿り着き、江ノ電に乗り換えようとしたら、事故か何かで「40分待ちです」のアナウンス、休日のホームは大量の人で溢れかえっていてとても乗れそうにありません。うひゃー、と二人で声を揃えて回れ右、江ノ島は諦めて、改札を出てブラブラ徒歩で海まで向かうことにしました。
「ミョンちゃんって、僕のこと嫌いなの? どう思ってるの?」「ああ!! また恒例のやつ始まった!! 本当に気持ち悪いなぁ。どうしてそんなこと聞くの? ウザいんだけど。アホなの? バカなの? 死んでよ」「もしかして、まだ」「そういや、海外転属の希望出したよ。今度の異動で、海外行くかもね」「……仮にさ、僕が会社やめないで働いてたら」「なんにもないね。真剣にキモかったもん、あのときの奥山くん。同じ空気吸うだけのことが、たまらなく苦痛だった。心が痛かった」そして海に出ました。
まだ泳げる時期でもないのに、由比ヶ浜、大勢の人が海を見に来ていました。波がざざざと音立てながら、水際に白線引いてく様子を誰もがただ眺めていた。「本当は何書いてるのさ」言えるわけないじゃん。「もう帰るね、私。これ以上奥山くんといても、意味がないみたいだ」ミョンちゃんはずんずんと陸に引き返していきました。遠ざかっていく彼女を見ていたら、もう何がなんだかわからなくなってしまいました。「君のことネタにして書いてる!」僕は自分に呆れながら、そう叫びました。
ミョンちゃん「……読ませてくれなかったら、今ここで絶交するから!」
そーして僕は、スマホでこの連載のページ、ミョンちゃんについて書いた回を開いて、彼女に見せました。
ミョンちゃんは最初クスクス笑いながら読んでいたのですが、そのうちに目が少しうるんでいくのが見えました。
ミョンちゃん「ふーん、こんなこと考えてたんだ? 私、全然わかんなかったよ。何も言わないんだもん。……これって、なんか、すっごい切ないね」
組み立て作業中の高床式の海の家の軒から飛び出した床に並んで座り、僕たちは沈黙を埋めるように足をブラつかせました。「ねぇ、帰ろっか」彼女が言いました。確かに来てすぐだけど、何かもう用事が済んだような気分でした。駅までの帰り道、商店街をぶらつきながら、僕は手を繋ごうと腕を伸ばしました。「ダメだよ、それは」拒絶されても尚、僕は食い下がりました。
僕「好きなんだ、どうしても諦められないんだ。もし僕が無職やめたら、働いたら、もう一度やり直せないかな?」
ミョンちゃん「私が一度でも無職なの責めたことある? 奥山くんの周りで、嫌々会社員してたあなたに、がっかりしてなかった人がただの一人でもいた? すごくがっかりした。完全に見損なったと思った。あんな風に人生諦めてる、生きながら死んでるゾンビみたいな人間に誰がなって欲しいって願うの? それを私のためにしてるって、あてつけみたいに言われる気分ってどう? 正直、ゲロ吐きそうだった」
帰りの電車でも僕はずっとミョンちゃんに延々と復縁を迫り続けました。彼女の表情が徐々にうんざりしだしても、止められなかった。鬱陶しいことこの上ない、どうしょうもない男だと思いました。
悪い思い出は、全部忘れる
解散予定の新宿駅に辿り着き、コンコースでお別れということになりました。
ミョンちゃん「でも、今日は楽しかったよ。ありがとう」
楽しかった? 海にいたのは10分だけで、あとはずっと長時間、電車に乗ってただけなのに。そんな「水曜どうでしょう」のサイコロの旅みたいにグダグダ過ぎる初デートの、一体どこが楽しかったんだよ? と疑問に思いましたが、流しました。
ミョンちゃん「今日で、色々わかったから。もう奥山くんのことは綺麗さっぱり忘れることにするね。これまであった色んなこと、私の中で全部なかったことにする。じゃ、さよなら」
目の前が真っ暗になった。ミョンちゃんの顔がマトモに見れなかった。泣きそうになりながら、うつむいて、僕はやっとの思いで「さよなら」と返事しました。そして、彼女に背を向けて歩き出しました。
その僕の腕を、ミョンちゃんが掴みました。
ミョンちゃん「だから初めから、もう一回知り合おうよ。少しずつ、ひとつずつ。今初めて、出会ったつもりで」
僕「……また、東京呼んでもらえるように、連載頑張るから。いつになるかわかんないけど。会いにくるから」
担当編集者のアパートに辿りつき、「どうでした?」と聞いてきた彼を無視してベッドに横になりました。「ってか、いい加減帰れよなぁ!」「別に帰ってもやることないんだよ」「だから働けよ!!」「絶対嫌だ!」「っていうかあんたKENJIさんに謝れよ!」
はっ……よく考えるまでもなく、頂いたアドバイスと真逆なことをしてしまった僕でした。そう、これはもう、完全に汚もいやりブス……。
KENJIさん、本当にごめんなさい……。
それから数日、担当編集者の部屋でゲームなどしたあと、とりあえず京都に帰りました。
奥山村人(おくやま・むらひと)
1987年生まれ。京都在住。心は童貞。Twitter:@dame_murahito BLOG:http://d.hatena.ne.jp/murahito/