さて、以前の相談の際、エピソードの中で登場したオクナくんなる人物、殆どの方が覚えていないであろう彼に関する悩みが今回の相談なのです。
僕も気づけば28歳になっていて、大学卒業から6年以上経ってしまいました。彼、オクナくんはそんな大学時代に文学部で知り合った友人でしたが、卒業してから色々紆余曲折あって現在は地元熊本でUターン就職。僕は京都に住んでいるので、そう簡単に「今日飲みに行く?」とかいうわけにもいきません。今では会うのも数年に一度、いやそもそも彼とは殴り合いの喧嘩をして、一度絶交していた時期などもあり、それ以来どうも少し気まずい関係ではあるのです。
オクナくんの結婚
最後に会ったのは今年の正月、まだこの連載が始まる前のことでした。今現在、地元に友人らしい友人がいない僕。とはいえ、大学時代だけは唯一例外的に何人かは仲の良い人間がいたにはいました。もう、会うのも数年に一度という感じですが。久しぶりに、大学時代の友人グループで集まろうとかいう話になり、そのときオクナくんは熊本から彼女を連れてやってきたのでした。青天の霹靂でした。なにせオクナくんといえばそれまで、彼女いない歴=年齢、筋金入りの素人童貞だったのです。浮いた話の一つも聞いたことがありませんでした。
「あのさ、オレたち、結婚しようと思ってる」なんてオクナくんが言ったときも、なんだか現実味のある言葉には聞こえず「じゃ子供が出来たら名前は旭(アサヒ)な」「なんでよ」「今スーパードライ飲んでるからだろ」と適当な会話を交わし、なんとなく聞き流していました。オクナくんと彼女の2人が先にホテルに帰り、その飲み会に同席したもう一人の大学時代の友人・サラリーマンナンパ師のKと僕は、猛吹雪の繁華街を歩きながらしみじみと会話しました。
僕「まさかオクナが一番最初に結婚するなんてな。ってか、タクシーつかまんねぇな」
K「俺らなんて一生結婚出来ないって思ってたのにな。いっそヒッチハイクでもすっか」
深夜の繁華街を通りがかったヤンキーのボックス車をつかまえて乗せてもらい帰路につきながら、Kがぽつりと「俺もするかな」とこぼしました。
やめてくれよ!!
K「お前、俺たちいつまでも10代みたいなつもりじゃ、いられねーんだぞ」
しばらくしてオクナくんの結婚の話はどんどんと現実味を帯びていき、いつの間にか具体的な挙式の日取りが決まっていました。
オクナくん「友人代表のスピーチと、立ち会い人を、奥山くんにお願いしたいんだけどさ」
マジで!? ……いやいや、こっち無職なんだけど。いいのかよ!? いや、ダメだろ! お前がいいにしても、彼女とかご両親とか……お天道様が許さないだろ!
オクナくん「奥山くん以外に誰がオレの結婚式のスピーチやるんだよ。君しかいないって、そう彼女も言ってくれてる。オレたちの結婚式なんだ。他の誰にも文句なんか言わせない」
おいおいおい、こんな奴だったっけよ? と僕はかなりビックリしてしまい、思わず彼と最初に会った日のことを思い返してしまいました。
大学時代、いつも一緒にいた友人
18歳、大学一年生、その頃の僕は今よりも少し色んなことに期待していました。入学式、友だちを100人つくろうと僕は本気で思っていました。自主映画を撮りたかったからです。映画は集団作業なので、人と仲良くなければ作れません。高校時代まではいじめられていたこともあり、あまり友人のいなかった僕ですが、今度こそはと、大学デビューってやつを決めてやろうと、そう意気込んでいました。
入学式後の学部単位でのガイダンスで、僕の前の席に座っていたのがオクナくんでした。クレイジーパターンのシャツに派手なスウェットを重ね着していて、なんだか妙ちくりんなファッションの男だなぁ、というのが第一印象でした。話し込んでいるうちに仲良くなり、二人で酒を飲みに行き、その日のうちに彼の部屋に泊まりました。それから僕は実家に帰らず(一年生のときだけ実家から通学していました)、しばらく彼の家に居候することになりました。
それからというもの僕はほんとうに酷くて、毎日のようにあちこちの飲み会で意気投合した奴らをオクナ家に引き連れて来ては、ドンチャン騒ぎの毎日。初め小綺麗だった彼の部屋も、だんだんに荒れ果ててどうしょうもない姿に変貌していきました。
そのころ、僕たちは殆どずっと毎日一緒にいて、例えば僕には生まれて初めて恋人も出来たけど、明らかにその彼女よりもオクナくんといることの方が多かったような気がします。漫才コンビでいうと、訳のわからないことばかり言って暴走するボケが僕なら、少し困ったような顔しながら話についてくるぼんやりしたツッコミ役がオクナくんでした。
毎晩のように酒を飲み、新興宗教のセミナーに参加してみたり、部屋のベランダからロケット花火を打ち上げたりして遊びました。クリスマスイブ、ジャンケンで負けたほうがうんこを食べようという賭けをして、負けたオクナくんがうんこを食べた(カレーにした)一部始終をビデオに収めて編集して映画祭に出したら、オクナくんは主演男優賞を受賞、そんなボンクラ大学生な毎日を僕たちは一緒に消費しました。とにかくオクナくんは「お前ママチャリで京都から熊本まで帰省すれば?」と言えば本当にやる、三年の途中から、映研に入って会計をやってくれと頼むと二つ返事で入会してくれる、など何かと僕の無茶振りに答える男でした。
大学生の飲み会での話題なんて、そんなにバリエーションがあるものでもありません。それで僕たちは大体、将来の夢の話なんかをしたものでした。オクナくんの夢の話はバリエーションに飛んでいて……というか半年単位でコロコロと変わりました。
「放送部に入ったけど上手く話せるかな」「僕はラジオドラマを作りたい」「今度演劇サークルに入ることになった」「こないだ自主制作映画に出たよ」「実は小説を書いているんだ」「今度撮影する映画のために脚本を書いてみたんだけど」「漫画って難しいね」「大学院に行って文学の研究者になるんだ」「留学して英語を勉強してくる」
ほとんど病気です。オクナくんというのは本当にダメな奴で、次々と色んなサークルの活動に手を出しては全部中途半端に放り出していくような奴でした。
大学三年生、いよいよ就活という段になっても、僕たちは相変わらずのボンクラ大学生。オクナくんは「オレみたいな人間が就職出来る訳がない」と言い出しました。「お前の家金持ちなんだから、留学でもすれば?」などと言っているうちに、彼は本当にオーストラリアに旅立ってしまいました。結局、毎日べったり会うみたいな僕たちの関係性は、ここで終わってしまいます。
それぞれの時を過ごし、僕は僕で嫌々就職活動。スーツ着て汗まみれになりながら数十社をまわり、へこらへこらしてようやく内定をとり。1年後、オーストラリアでの語学留学から帰還した彼と再会したとき、彼は積乱雲みたいな髪型で現れました。大学の卒業式のしばらくあと、帰国した彼と飲みに行きました。
「オレ、パンクロッカーになろうと思うんだ」
オクナくんが突然、思いつめたように言い出しました。
4年の付き合いで、これまで彼が楽器を触っていた記憶など皆無です。そう、また彼の病気が始まったのです。この期に及んで……。
こいつは何を考えているのか? という疑問よりもまず先に、どうしょうもない怒りの感情がふつふつと湧き上がってきました。
僕「お前、いい加減にしろよ!」
こっちは、翌月からネクタイしめなきゃいけないっていうのに。ブチギレた僕は彼を罵倒し続けました。
僕「好きなことで食ってくなんて、学生のときまでにある程度筋道がついてるやつにだけ許されている行為なんだよ。なのにお前は、今から楽器初めてプロになるとか言いやがって痛いんだよ。ウゼーんだよ。今が夢を諦めるタイミングなんだ。今! この瞬間! みんな諦めるんだよ!!」
そんな僕の罵倒を、オクナくんはただ黙って聞いていました。それで尚更僕怒りのボルテージが高まってきました。怒鳴り続けていると、普段滅多に怒らないオクナくんが顔を真っ赤にして震えだし、ついに僕を殴った。これはマジギレってやつだなと、酔いのせいかパンチがヒットしたせいかで痺れた頭でぼーっと思った。僕も殴り返してみたのは、何か、せっかくドラマチックな気分も盛り上がってることだし、友だちと殴り合いの喧嘩だなんて今どき、なかなかする機会もないんだから、今がそのチャンスだせっかくだからやっておこうという気分でした。こういうのを、据え膳食わぬは男の恥っていうんですっけ。違うか。
別に怒りなんか本当は感じてなくて、ただ虚しいだけでした。何かあらかじめそこに脚本が用意されていて、それをただ読み上げているだけって気分。そのシナリオを書いたのは僕なのかもしれませんでした。
そんな感じでどたんばったんと殴り合いの喧嘩なんかに興じていたら、迷惑がった店の人に追い出されてしまいました。僕はちょっと興奮を覚えました。おおお、なんか喧嘩が過ぎて店から追い出されるなんて、自分の人生にそんな瞬間があるなんて。
でも、そのときも一緒に居合わせていたKは白けていました。かなりすっかり白けていた。
K「あのな、オクナがあんな風になったのって、これ誰がどう考えても奥山の影響だからな。お前にキレる資格なんかないんだよ。つまんねーな。イタいんだよ、見た目じゃなくて、存在が」
そう言われてしまって僕も何も言い返せない。そのまま一年以上音信不通ということが続きました。
その後も……オクナといえば全然にダメで、一旦地元に帰ってバンドを組むと言っていた癖に、実際は、参加しようと思っていた知り合いのバンドからお払い箱をくらった挙句、ピアノ教室に通い始めた。
何故にロックをやるのに地元のピアノ教室に? と人づてに彼の噂を聞き疑問に思いました。とりあえず東京に出てきてバンドでも組めよ、とKにぼやくと、「自分でオクナに言えよ」と呆れたような声で返されました。
それからしばらくして彼は、今度は東京の音楽の専門学校に通い始めました。三軒茶屋に住み、親の仕送りで生活しながら、専門学校に通う日々。その頃、なんとなくふわっと仲直りしたものの、正直サラリーマンをしていた僕はなんだか彼と会うのが辛くて、昔のように頻繁に飲みにいくようなことはほとんどなくなってしまいました。結局……バンドも組めず、2、3曲をつくっただけで、彼は音楽活動を諦めてしまいました。
オクナ「オレ、才能がなかったよ」
彼は悔しそうにそう言いました。
「お前はあんなオクナの姿見てて平気なんだな」Kが言いました。そんな風になったのは僕のせいだと言わんばかり。でもたしかに、最初出会ったとき彼はすごく真面目でおとなしい普通の男でした。それが僕と出会ってから、授業もサボりだし平気で全裸になるように。僕のせいなのかもしれません。
僕は完全に、かつての彼の、悪友でした。
オクナくんはその後、地元の熊本に帰って公務員試験の予備校に通い、無事に合格、今は地元で地方公務員をしています。
彼が就職を決めたのとほとんど同じタイミングで僕は会社を辞めました。前にも書いた通り、働く意味が急にわからなくなったからです。
結婚式場からオクナを連れて海外へ逃げ出したい
そんな彼から結婚式のスピーチを依頼されて、僕は正直言って戸惑っています。
無職で、ロクデナシで、ご祝儀も親からの借金、交通費宿泊費はオクナくん持ち。こんな僕が彼の結婚式で何か言う資格なんてあるんだろうか。一体何を言えばいいのか。さっぱりわからない。
っていうか、そもそも僕は結婚式童貞、今まで結婚式に出たことがないんです。会社員時代の同期の結婚式なんかも、高校時代の同級生のも、興味がなくてスルーしてきました。今回もサボっちゃおうかな……と一瞬思いました。が、さすがにやっぱりそういうわけにもいきません。
よくドラマとか映画で、結婚式場に乱入してきた男が花嫁を連れて逃げ出す、みたいなシーンがあるじゃないですか。いっそ僕も、オクナくんと結婚式を逃げ出し、どこか遠く南の島とかに高飛びしようかなと思ったりするんですよね。「お前だけ大人になんかさせない! 一緒に青春の延長戦をするんだ。僕たちずっと青臭いガキのままでいなくちゃダメなんだ!」なんて言って……はぁ…………またため息をついてしまいました。
今回の相談「無職なのに結婚式でスピーチを頼まれてしまいました。一体何を話せばいいんですか?」
ちなみに……オクナくんの家は地元ではかなり有名な名士で、お父さんの関係者だけで三百人以上の人がくることになっています。多分、熊本で指折りの大規模な結婚式となる予定です。そう、つまり、洒落にならない。
披露宴でのスピーチどころか、結婚式での立会人という役目まで仰せつかってしまいました。しかし、僕は本当に結婚式に出た経験が一度もないんです! どういう風に振る舞えばいいのかさっぱりわからない。立会人って何するんですかね……。
そして、何よりスピーチです。何も、何にも考えてないんです。空白の脳、虚無。結婚式の予定は迫っています。というのに、一言も思い浮かばない。そもそも、友人代表のスピーチがどういうものなのかということすら、見当もつかないわけです。
全く困り果ててしまいました!
そこで皆さんに相談です。
結婚式のスピーチって一体どういうものなんですか? そして僕は当日、彼ら新郎新婦に一体何を言えばいいのでしょうか。
フツーは過去のエピソードか何かテキトーに話すらしいのですが。でも、あんまり良い話にならないかもしれません。いや、むしろ、全部正直に話してしまうべきなんでしょうか?
何よりオクナくんのために、マトモなスピーチをしたいんです。
どうかアドバイスお願いします。