色々と落ち込むようなことが続いている無職ですが、それでも人生は続くし連載も続きます。僕がくだらない文章なんか書いてる間にも、時間は刻一刻と流れていて、みんな大人になっていき、僕だけ取り残されていくわけです。
嗚呼、嫌だ嫌だ嫌だ!
なんて考えてるうちに、あっという間に、大学時代の友人オクナくんの結婚式の日が近づいてきたわけです。早速、いただいたアドバイスを読んでいきたいと思います。
・ここに書いたことそのまま話せばいいですよ。
・「失敗しない結婚式スピーチ」みたいな本を読めばいいと思います。
・ここまで書いてもスピーチが思いつかないなら断った方がいいですよ……。新郎新婦も別にオシャレなスピーチ頼んでいる訳じゃなし、一番仲の良い友達にお祝いの言葉を言ってほしいだけなんだし……。
・どんな人かわかったうえで頼まれてるんだから、ここに書いたようなことを話せばいいと思います。
・無難にするのが一番だと思う。(オクナくんの)結婚相手に迷惑かけることになるよりは。
・きちんと定式的にスピーチをこなすのではなく、その場を混沌に陥れるような、はた迷惑で破滅的なスピーチをするのはどうでしょう。
・事実4割、脚色6割で、青春ぽい事を素人くさくまとめて話す
・トップバッターじゃなけりゃ、真面目に聞いてる人の方が少ない
・結婚式のスピーチなんて誰の記憶にも残りません。ご友人もそう考えて依頼されたのでは? 別に誰だって良かったんですよ。当日適当に浮かんだ事を言えばいいですよ。
ああ、そうか。目からウロコでした。連載で書いてたことをそのまま話せばいいんだ! そう思うと少し気が楽になってきました。
さて数日後、いよいよ熊本へ、結婚式前日の晩はオクナ含めた友人たちで飲みまくり、当日の朝は二日酔いでした。すでにかなりダメです。ダッシュで式場に向かい、ギリギリセーフ。立会い人のために用意されていた席に座ります。いよいよ僕の結婚式童貞喪失のときがやってきました!
高らかにファンファーレが鳴り響きます。オクナくんが気合い満点の顔で入ってきました。
あれ……?
なんか、おかしいな。
何故かは知らないけど、熱いものが込み上げてきました。
そうです。そうなんです。
二日酔いで、吐き気が止まりません。
吐くのか? ここで吐くのか!? ここで吐いたら、それはあれだぞ。すごく面白いぞ。面白いけど、さすがにそれは酷すぎる……。こんなとき、一体どうすればいいんでしょうか? しかし、僕も今でこそ無職に身をやつしていますが、かつては3年以上サラリーマンを勤めたこともある男。そうです、朝礼で指示を出している最中や、取引先の部長などを交えた会議中など、絶対に吐いてはマズい場面というのは何度も経験してきました。故に、その回避方法も確立しています。下唇を血が出るくらいフルパワーで噛んで、白目を剥き、息を止め、そして心の中で「HEAVEN!(天国)」と叫ぶ。決まりました、これぞ奥山スペシャル。みなさんも、真似してくれて大丈夫ですよ?
結婚式の立会い人って何をするの?
まず立会い人って、座る席がすっごい前にあります。笑ったりきょろきょろしたり、白目を剥いたりといった挙動不審な行為をとると、とてもとても目立つので控えたほうがいいです。
賛美歌のときに、歌詞を書いたカードを新郎に渡します。そして永遠の愛の宣誓、それに指輪の交換です。そのときに白いグローブを新郎から預かります。それから、宣誓書という紙にサインしたりするわけです。そんなに難しいことは何もないですが、あんまりボーッとしてられるわけじゃないですし、常に白目を剥き続けているわけにもいきません。
あのオクナが結婚か……。なんか他の友人たちはしらあっとしていましたが、僕は結婚式が初体験ということもあり、なんだかちょっとだけ感動してしまいました。
僕本当に知らなかったんですけど、結婚式のあとに披露宴って流れなんですね。で、この披露宴の前に御祝儀とかも受付で出す、と。
それにしても、披露宴会場には異様な光景が広がっていました。
見渡す限り、ズラリとジジイばっかり。ジジイ率が八割を超えてるんです。なんなんですか、これは……?
席次表を確認すると、社長、社長、社長、社長、会長、社長……社長ばっかりじゃねえか。大学時代の友人たちと一緒のテーブルにつきながら、なんかすげえよな……と話しました。そう、出席者の8割近くがオクナくんの父親の関係者なのです。
さて、結婚式が始まると、早速主賓のスピーチです。このスピーチがまだ、えげつなかった。主賓が3人。立て続けに政治家がマイクの前に立ち、どんなにオクナくんの父親が凄いかということをスピーチしていきます。なんだ? この結婚式……。こんなに父親がメインの結婚式って普通のことなんでしょうか。僕は初めて参加するので、よくわからないのですが、多分これはかなり特殊な事例なんじゃないかって気がします。いやにスピーチ慣れした政治家連中のスピーチが一通り終わり、いよいよ乾杯。その直後に、この僕が呼ばれました。このあと、僕なの!?
地方自治体首長→国会議員→国会議員→無職
この順番、この落差、ヤバくないですか? まぁ、いいんですけど……。僕は痛くて図太い人間ですが、それでも、なんだか緊張してしまいます。一つ深呼吸して、マイクの前に向かいました。
披露宴の友人代表スピーチ文例(無職の場合)
……会場中のみんなが見ています。さすがに、無職で引きこもりでニートで、この日に至るまで3年間、ほとんど誰とも会わずに薄暗い自室でパソコンの画面ばかり見つめる生活をして来た人間に、いきなりこの舞台は少しキツいような気がしました。会場じゅうの視線が、刃物みたいに突き刺さります。それでも、勇気を振り絞って、声を出しました。
「オクナくん、Mさん、ならびにご両家、ご親族のみなさま。本日はご結婚、まことにおめでとうございます」
なぁ、オクナくん。もう昔みたいに僕は、君になんでも話せるような気安い間柄じゃなくなってしまったよ。
「ただいまご紹介いただきました、奥山と申します。オクナくんの大学時代の友人です。オクナくんとは、学部も同じ文学部で、同じ映画サークルに所属していました」
本当はもう、苦しくて死にたくてしょうがないんだ。この結婚式が終わるまで自殺出来ないな、って考えて生きてきただけなんだ。
「オクナくんと僕が出会ったのは10年前、大学一年の春、入学式の日でした。すぐに仲良くなり、その日のうちにオクナくんの下宿に泊まって一緒に酒を飲みました。オクナくんにとっても僕にとっても、お互いが大学で一番最初に出来た友人だったと思います」
あの頃は、こんな風に人生失敗するなんて思ってもみなかったよ。
「オクナくんは優しい男です。例えばサークルで映画撮影中、常に周囲への気配りを欠かさず、周りをうまく活かしてた。彼がいると、場の空気がすごく良くなるので、何をするにも、みんなオクナくんに参加してもらいたがりました。彼にはそんな、誰にも真似出来ない、人に好かれる天性の才能があります。
でも、
そのことは皆さん十分ご存知だと思いますので、今日は彼の別の側面をお話しさせて頂きたいと思います。
オクナくんはかっこいい男です。勇気があり、そしてタフです。普通の人なら怖気付いてやめてしまうことでも、正々堂々、立ち向かっていく強い心の持ち主です。ズルはしない。僕は10年、彼を見ていたから、知っています。
彼の人生はいつもチャレンジの連続でした。学生時代も、どんどんやったことがないことに挑戦していました。映画サークルで俳優をした、演技なんてしたことないのに頑張ってた。自転車で京都から熊本まで帰省したり、オーストラリアへ語学留学をしたり、音楽活動をしたり。
それは、自分の殻を破りたい、という強い意志に基づいた行動だったと思います。
そんな彼の言動に、僕はいつも刺激を、影響を受け続けてきました。
僕はいつも彼に支えられてきました。もうダメだよ、と僕が言うと、そんなことないよ、とオクナくんはいつも言いました。大丈夫、君なら出来るよ、と。
共に人生を歩む伴侶として、彼ほど心強い男はいないと思います。優しく気遣い、支え、励ましてくれる。そして心から人を信用し、本気で人を愛することが出来る。口で言うのは簡単だけど、そんな奴、世の中に中々いません。そんな得難い友人が、僕にとってのオクナくんです」
本当は僕なんて、君が憧れるに値する人間じゃないんだ。人間の屑なんだ。
「オクナくん、君は僕のあこがれです。
君のように生きられたらと思う。君はいつの間にか僕を追い抜いて、結婚なんてすげー難しいことを今日成し遂げた。そして今後は、結婚生活という長い旅に挑戦し続けていくのでしょう。僕にはすぐには真似出来ない、本当に偉大なことです。僕も君に追いつけるように、必死で頑張ります」
それでも、僕を信じて期待してくれた君をガッカリさせないように頑張るよ。
「人生、これからも、明るく楽しく、力を振り絞って、頑張り抜きましょう。
二人の末長い幸せを、心から祈っています。
結婚、おめでとう」
スピーチを終えて、まばらな拍手、自分の席に戻ると、大学時代の友人Kが、「別に誰も聞いてねえよ」と言いました。たしかによく見ると、乾杯直後から場の空気は一気に騒がしくなり、スピーチなんて誰も聞いてません。なんだよ、と思いつつ、一仕事終えて気も楽になったので酒をあおります。「シャンパン頼みまくろうぜ」とKが言いました。
まぁ、今回が初体験だったのですが、披露宴って別にそんなに楽しいものでもないですね。二人の馴れ初めとか適当にスライドショーを流してるけど誰も見ちゃいないし。がやがや騒がしくてあまり会話する気にもなれないし。黙々と料理食べて酒飲んで、って感じです。喫煙所でタバコ吸ってたら議員バッジつけたクソみたいなジジイに話しかけられたり。祝電も豪華でしたね。無駄にプロ野球選手からきてたり。何のコネだよ……。
さて、つつがなく披露宴も終わり、適当にラフな私服に着替えて、結婚式場があったホテルの一階のロビーでオクナくんを待ちます。二次会をしない予定だということで、奥さんも連れて、大学時代の友人たちで軽く飲みに行くことにしました。適当なワインバーで酒を飲んでいたら、奥さんから「あの、奥山くんのスピーチ、すごく良かったです。本当にありがとうございました」と言われたので、まぁ、良かったんじゃないでしょうか。ちなみに奥さんはこれから、オクナ家の資産管理会社で働くらしいです。実家の資産管理会社ってなんなんだよ……。
僕「これから働くことになったよ」
ずっと言いにくくて言い出せなかったことをオクナくんに言ったら、横にいた友人たちが「オクナの親父の会社で働かせてもらえよ」と茶々を入れました。「奥山くんが働いてくれたらすごくうれしいよ」とオクナは適当なことを言います。それだけは死んでも嫌だなと思いました。
飛行機の時間が近づいていたので、大学時代の友人たちと乗り合わせてタクシーで空港へ。手荷物重量オーバーで僕だけ引っかかり、よく考えるまでもなく引出物が余分のようでした。箱を開けると、食器とスポンジケーキが出てきました。外箱をゴミ箱に捨てて、荷物を減らすためにケーキは手づかみで分けて食べることにしました。空港のベンチで皆でケーキを食べながら、「あー、僕も結婚してぇな」と僕がこぼすと、横で一緒にケーキを食っていた友人たちが、「俺はいいや」「俺も」と口々に言いました。「なんか大変そうだし、つまんなそうだし」「自分の時間とかなくなりそうじゃん?」マジか。ミョンちゃんに同じことLINEで伝えたら、「どの口が言うの? 無職の癖に」と言われてしまいました。そりゃそうだ、たしかに。
結婚したいなぁ、本当に。
無職だけど。