社内での配置転換があり、バイトの内容と勤務地が変わりました。京都から兵庫まで通うなど、今までよりだいぶ遠くなりましたが、自分から希望したことなので、前向きに頑張りたいところです。就職活動も年度内には始めます。
さて、その新バイト初日のことです。
業務内容はというと、ヒーローショーみたいなものの裏方です。
初日は研修で、とりあえずそのショーの全公演を客席で見ることになりました。ちびっこたちが中心の客席の、端の端で、ひっそりとたたずみ、ノートにメモをとるアラサー男性。だいぶ浮いています。
ところが、事件は起きました。
ある回で、お客さんが、小さい男の子1人と気難しそうなお父さん、そして僕の3人のみ、という事態が発生しました。平日で、全然流行ってないそのショーは閑古鳥が鳴いていたのです(閑古鳥って、どんな鳥だろう)。
「さあ! みんなで一緒になんとかかんとかのパワーを送ろう!」
嫌な予感しかしません。このショーは、お客さんとキャラクターが会話しながら即興でストーリーを変えていくのがウリの演目です。要はエチュードみたいなもの。子供は棒立ちでキョトンとしています。お父さんは仏頂面で舞台上をにらみ続けている。ヒーローは懸命に2人に話しかけ続けています。不穏な空気が漂ってきました。
「そ、そこのお兄さん! お名前は?」
遂に心が折れたヒーローが僕に絡みだしました。お前さっき自己紹介しただろ! 心の中でキレながら「奥山と申します」と応じます。研修中とはいえ、客の数が少ないときは、子供たちや付き添いの保護者の方々に混じって一緒に盛り上がるという不文律みたいなものがあったからです。
「じゃあ奥山ちゃん、手拍子とかけ声をお願い!」
これも仕事のうちです。僕はぎこちない笑顔で、ヒーローにうながされるまま「ひゅー!」と叫び、手拍子をしました。もちろん、2人は地蔵状態です。
どうすんの、これ!?
「じゃあ、奥山ちゃんのオリジナルダンスが見てみたいな〜。そしたら元気が出るかもしれないな~。Let’s music start!」
ヒーローのかけ声にあわせて、会場中に音楽が鳴り響きだしました。気分はもう完全にヤケクソです。脳裏には『パルプ・フィクション』のジョントラボルタの姿が浮かんでいました。
数瞬後、会場には、髪と腰を振り乱しながら激しく踊り狂う僕がいました。ただ無心に、刹那的にイマを生きる僕が……! ヒーローの忍び笑いと、「や、やり過ぎだよ〜」という声がシーンとした会場に虚しく響き渡ります。
「止めてくれるか!!」
遂に我慢の限界を迎えたお父さんの怒声が、その地獄みたいな時間をやっと止めました。
踊りの才能
責任者らしき人が呼び出されて、親御さんからのクレーム対応をしていました。僕はそそくさと退散、すると、僕を雇っている会社とは別の会社の人に「奥山さん、暇でしょ。昼飯いかない?」と声をかけられました。
これは……シメられるんだろうな。絶対行きたくねぇな。そう思い、実は胃全摘出したばかりで、とか何か適当な理由をつけようとしたのですが、その前に「おごるからさ」と言われてしまい、貧乏な僕はホイホイとついて行きました。
「うちの会社に来ない? 社員で」
まだロクに働いてもおらず、成し遂げたことと言えばさっきの失態しかない、そんな僕を誘うなんて……もしや僕のdancingにsomethingを感じたのでしょうか?
僕「それは……バックダンサーの仕事でしょうか?」
目の前の人はぶふっと吹き出しました。そのまま話を逸らし続けて、ごちそうさまです、と店を出ます。
冬の青空に、白線を引くみたいに伸びていくジェット機を見送りながら、ふと思います。
僕はどうしょうもなく目立ちたがり屋で、お調子者です。
しかしこれでは……全くモテません。絶望的です。
もっとモテたい。そうは思うものの、落ち着きのある雰囲気というのが、どうにも身につきません。
これまで試行錯誤したことが、全くないわけではないのです。
わざと声を枯らしてみたり、髭を伸ばしてみたり、でも全く何の効果もありません。
コンビニ
翌日の早朝、通勤前にガムを買おうとして、以前少しの間僕がバイトしてたことのあるコンビニのレジに並んでいたら、いつぞやのフリーター金髪女性店員に遭遇しました。
「あんた、しれっとした顔で並ばないでくれる?」
相変わらず言葉に刺があります。突然バイトを辞めたことをまだ快く思っていないのでしょうか。心の狭い人間です。
レジの合間に軽く立ち話、親に働けと言われていること、東京で就活するためにバイトして就活資金を貯めていることなどを話します。
「こんなクソみたいなコンビニバイトじゃやってらんないもんね?」
何か僕の話にカチンとくるところがあったのでしょうか。怒ったように彼女は言いました。僕はなんだか空腹感を感じたので「チキンちょーだい」と頼みました。店を出たとき、「ねえ!」と叫ぶ声が聞こえました。振り返ると、金髪の彼女が出入り口のところまで出てきて、僕に何か叫んでいます。
「奥山くん! 男は、つらいよね!?」
なんだそれ? なんで男はつらいんだろう? 働かなくちゃいけないから? 年収で価値が決まるから?
「知らないよ! そんなの!」
買ったばかりのチキンをもぐもぐやりながら街路を歩いていたら、ふと昔、コンビニでバイトしていた頃のことを思い出しました。
男らしさって何?
パンッ!
揚げたてのチキンが飛んできて、僕の頬に当たり、床に落ちました。店内には客の怒声と、平謝りする同僚の女性店員の声だけが響いています。ミスをしたのは僕ではないですが、それは因縁に近いクレームに見えました。「こんなチキン食えるか」別に食わなくていいよ、と思いながら、その客が僕に投げつけたチキンを床から拾い上げ、勿体ないなと思いながらゴミ箱に捨てます。
「あの、チキンの代金頂いていいですか?」
僕が言うと、客も同僚店員も一瞬、呆気にとられたような顔で僕を見ました。
客は、絶対払わない、とゴネだしました。「ふざけんなよ‼ 警察呼ぶぞ!」僕は怒鳴り返しました。同僚は僕を止めましたが、感情のコントロールが出来ません。それでも一旦奥に引っ込んで、店長に電話しました。「それで? 警察呼んでなんか良いことあんの? 面倒臭いだけでしょ。謝ってチキンの金を君が払えば済むんじゃないの?」と言われ、僕はなんだか梯子を外されたような気分で、「わかりました」と答えて電話を切りました。ため息をつきながら監視カメラに目を移すと、先ほどの女性店員がひたすら客に頭を下げ続けているのが見えました。
「店長、なかなか奥さんと別れてくれないんだよね」
そういえば、彼女は店長と付き合ってたんだっけ、とそのときふと思い出しました。
少し迷って、それから僕は1、1、0、と順番に数字を押しました。結局その後は、やっぱりとても面倒臭いことになったので割愛。
特急電車に乗って兵庫に向かいながらも、僕はまだ、さっき言われた「男はつらいよ」の意味を考えていました。
あれは僕の男らしさだったんだろうか? いやいや、ハタ迷惑な単なる暴走、それで何かが変わる訳もない。人に迷惑しかかけてない。世の中から理不尽はなくならないし、そんな怒りに意味なんかない。幼稚で、子供じみてる。
「あんたは、男らしくないのよ」
ミョンちゃんに言われたことを思い出します。わかります。だいたい、こんな風にいつまでも折に触れて元カノの台詞を思い出してることが、かなり男らしくない。
「女の腐ったような奴だ」
という言葉を何度もかけられたことがあります。勿論僕自身はそんな言葉遣いをしたことは一度もないですが、でも、なんで女は腐るんでしょうか? 男は腐らないんでしょうか?
筋肉質でスポーツが出来てメンタルが強くタフでめげず金払いが良い。理想の男らしさみたいなものをいくつか頭に思い浮かべることは出来ますが、なんだか、しんどい、と思います。男らしくあることで自分の中の何かが損なわれていく感じがします。
それに……僕は男らしい人って、なんだか苦手なんです。話が通じないというような、何か父権的な男らしさにネガティヴなイメージがあります。
男らしさって、なんなんでしょうか?
そしてみなさんは、男らしい人は好きですか? なんだかんだ言っても頼りがいのある人間が好きですか?
「頼りがいがないの」
じゃあ、頼りがいってなんですか? 幾ら胸板が厚くても刺されりゃ死ぬし、1秒後に死なない保証のある人間なんていないのに、確かなことなんて何もないのに、しっかりしてるって何がどうしっかりしてるんですか? 年収なのか体力なのか知能なのかなんなんですか? 総合的な評価ですか?
男らしさについて、ぜひ教えて下さい。
よろしくお願いします。