オレはときどき考えるんだ。男がもし「明日ちんぽを切り落とす」っていわれら、そいつは明日までに何をするんだろう、ってね。
身近な存在の大切さは、失ってから初めてわかるという。このオレですら、夢子とのつながり(しかも物理的な!)が切れることになってようやく気づいたことが、たくさんある。夢子にとってこれまでのオレは、DVパートナーのような存在だった。
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よう、また会ったな。子宮だ。
前回は夢子が「子宮摘出手術の前と後とでセックスの感じ方が変わるのかどうかを、男女双方の視点から検証したい!」と計画したところまで話したんだったな。夢子にはセックスする相手がおらず、セックスレス期間も10年になる。前途多難だ。
今回は、なぜ夢子が10年間セックスレスだったのかについて語ろうか。
もちろん身長155㎝、62㎏の夢子自身が異性にモテない、この事実もセックス空白期間に大いに関係している。しかしここではそのことはひとまず置いておこう。セックスレスは彼女自身が望んだことでもあるからだ。
といっても特別な理由はない。夢子はいろいろなことが怖かっただけだ。
父のせいで、男性が怖い
もともと夢子は男性嫌悪が強かった。これはセックスレスとは完全に無関係ではないだろう。
夢子の父親。このおっさんは強烈すぎた。彼は人と会わず、趣味をもたず、家族と言葉も交わさない。会話したことはなくても夢子はこいつによく怒鳴られ、殴られた。夢子は父といえば怒鳴っているか、殴っているか、何もせずにただタバコを吸っているか、酒を飲んでいるか。その4つの姿しか見たことない。
子どものころ、夜になると、仕事から帰宅する父の車のエンジン音が聞こえた。やがて玄関の鍵を開ける金属音がガチャガチャ鳴り響く。すると夢子は決まってお腹が痛くなり吐き気がするのだった。
いい歳となった現在でも、夜中に車のエンジン音が聞こえると夢子は不安で動悸が激しくなるし、アパートの近隣住人がドアの鍵を開ける音が聞こえると恐怖で脇や手にじっとり汗をかく。
それだけでなく、カフェなどでお茶をしていて、遠くの席にサラリーマンのおじさんがいるだけで吐き気を覚えることもある。彼らはこちらに目もくれないし何メートルも離れているにも関わらず男性嫌悪が発動してしまうのだから、企業面接でそうした人種と会議室でふたりきりになったときなどは、さらに始末が悪い。帰り道、理由もないのに涙が流れることもある。
父を想起させる会社員風のスーツ、髪型。ネクタイやカバン、タバコや酒。夢子だってこれらグッズで身を固めた人は何も悪くないとわかっている。それらに近づくと吐き気がしたり謎の涙が流れる。それ以上でも以下でもない。ただ、この生理現象に対処するのも面倒なので、なるべく男性との接触を少なくしてきたのも事実だ。
過去の被害で、ストーカーが怖い
次にストーカーに対する恐怖もあった。
約10年前、夢子はおつき合いしていた男性とお別れした後、ストーカーされた。その次におつき合いした男性からも、お別れした後、ストーカーされた。ふたり目はしつこかった。この日本で銃の存在をちらつかせて夢子を脅した。警察の助けを借りてことなきを得たが、そのとき夢子は殺されるかもしれないと本気で覚悟した。