すさまじいクオリティへのこだわりが描かれるわけですが、そのこだわりが他の制作スタッフを時間的にも精神的にも追い詰めたことは容易に想像できます。自宅にも帰れず睡眠時間もろくに取れない、それでも「良い作品づくりのため!」と己を鼓舞せざるを得ない状況に圧迫されたスタッフたちを思うと、私は恐ろしさを感じます。納得できるものを作り上げたいというポリシーは、たしかに「プロフェッショナル」としてのひとつのあり方です。しかし、品質はそこそこでも納期に間に合わせる仕事をするのも、別なあり方として正しいでしょう。こだわりのプロフェッショナリズムばかりが賛美されることに、私は一抹の不安を覚えるのでした。というか、端的に申し上げると、自分の上司でも部下でも「納得いかないんで、もう一回やらせてください!」とゴネる人はいてほしくない……。
少女の絆は「秘密」で結ばれる?
それで映画本編を観にいったんですけどね、良かったですよ。クラスメートとも家族とも打ち解けることができない喘息の少女(杏奈)が、療養先で謎の金髪の美少女(マーニー)と出会い、その交流によって閉ざされていた心が癒されていく……暴力的にあらすじを説明してみたら、すごく陳腐なストーリーに思えてなりませんが、良かったです。種田陽平がこだわっていた細部は、注意してみても素人目には全然わからなかったけれど……。
(ここからようやく【messy】っぽい話になりますが)本作では「ここまで男がなにもしないジブリ作品はこれまであったかな?」というほど、男の存在感がありませんでした。杏奈を迎える療養先のオジサンや、謎めいた無口の釣り人(都会なら変質者扱いされそうなキャラクター)は、彼女に積極的に関わろうとはせず、遠巻きに眺めているだけです。物語は、女たちの関係によって進んでいきます。
当初、杏奈をどうにかしようとする女たち(療養先のオバサン、杏奈の母親など)が差し出す手は、杏奈自身によって拒絶されます。彼女は、そうした善意をおせっかいだと疎ましく思う一方で、それを素直に受け入れられない自分にも嫌悪感を抱いている。「なんだよ、こじらせ女子の話かよ」と片付けられるかもしれませんが、そういう話ではないので、星野源でも大丈夫です。
誰とも関係を結べない杏奈がどうしてマーニーとは親密なつながりをもてるのか。それを可能にするのは、ふたりが共有する「秘密」です。まずは、お互いの存在をお互いだけが知っていること、そして、お互いの秘密を共有していくことによって、ふたりの親密さはどんどん高まっていく。この秘密の内容をお話ししてしまうとネタバレになってしまうので申し上げませんが、限定された間柄でのみ情報を共有しあうことによって関係が深まることは、友情というよりむしろ、恋愛関係に近いように思われます。そうであるがゆえに、杏奈とマーニーの関係は(ヘテロセクシャルから見ると)常に妖しさを放ち、「百合っぽい」ものに見えますね。
相手がベッドの中で上げる声、服を着ているとわからない場所にあるホクロの位置、嘘を言うときに必ずでるクセ、奇妙な歯の磨き方……というように、恋愛するカップルはさまざまな「私しか知らない情報」を共有していきます。その情報こそが関係を結ぶ相手をあたかも所有するかのような錯覚を抱かせるのでしょう。たとえば、相手を寝取られることによって、寝取った相手にも、自分しか知らないはずの情報が伝えられてしまう。そのとき、相手は「自分だけのもの」ではなくなるのです。寝取られるのは身体ばかりではなく、秘密もまた奪われてしまいます。ただし、奪われたり、漏れてしまったりするからこそ、情報の秘密としての価値が保たれるわけですが。