幼児向けアニメ登場人物の「実家が飲食店」率
「食育」の起源は古く、この言葉を造語したのは石塚左玄という人物だ。心身の病気の原因は食にあると考えた石塚は、1896年と1898年の著作『化学的食養長寿論』、『通俗食物養生法』において、「体育知育才育は即ち食育なり」と唱えている。
「食品が心身を養う」ことを是とし、栄養を考慮した食生活を送ることは一見まともなようであるが、反面、病気や障害を悪いもの・劣るものとする「健康な心身至上主義」に陥りやすい。また、人間は何を食べようが自由であり、不摂生・不健康な食生活を営む自由もある。
またこれだけ外食・中食産業が発達した現代でも、「健康的な食文化」は愛情を伴う調理によってもたらされるという信仰が相変わらず根強い。
2007年から刊行されている料理レシピ本『つくってあげたい彼ごはん』シリーズ(宝島社)のヒットや、アメーバブログをはじめとしたママタレント・主婦タレントのブログが顕著だ。夫や子供のためにバラエティに富んだ献立を用意することは好感度をあげる重要な要素になっており、炎上のリスクも少ない。あまりに盛り付けが雑だったり栄養が偏っていると見られると、ヲチャーから目をつけられて炎上することもあるが(辻希美ウインナー事件など)、良妻ぶりをアピールできる「料理は愛情系記事」を積極的に投稿する女性ブロガーは一般人でも多いのだ。
さて、食品・製菓メーカーを主要なスポンサーのひとつとする幼児向けアニメ業界では、特に女児向けアニメの主人公少女の実家がかなり高い確率で飲食店を営んでいるという特徴がある。主人公少女にとって料理とは、愛情を伝える手段であり、金銭を得る家業であり、それ自体が楽しいものとして肯定されている。拒食症や過食症や過食嘔吐などの摂食障害や、古代ギリシャ・ローマのような享楽的過食嘔吐は決して描かれることはない。偏食は悪習とされ、偏食家の敵が描かれたり、キャラクターが物語を通して偏食を克服したりする。
なかでも、『プリキュアシリーズ』は食育への取り組みが盛んで、定期的に、俗に「農業回」といわれるプリキュアの少女たちが農業などに励む回がある。(『ふたりはプリキュア』17話(畑作・大根、キャベツ)・35話(栗拾い)、『ふたりはプリキュアMax Heat』27話(梨もぎ)、『ふたりはプリキュアSplash Star』4話(畑作・キャベツ)・10話(漁業)、『ハートキャッチプリキュア!』19話(畑作・トマト、ジャガイモ)、『ドキドキ!プリキュア』37話(畑作・にんじん)、『ハピネスチャージプリキュア!』11話(稲作)など)
『ドキドキ!プリキュア』農業回における「家畜の糞を使った堆肥をわざわざ素手で撒く」ことへのこだわりは、少々いきすぎた精神論の展開に思えたが、現在放送中の最新作『ハピネスチャージプリキュア!』の、「米」へのなみなみならぬこだわりもすごい。主要キャラクターであるキュアハニーこと大森ゆうこは、「ごはんを食べる幸せで世界平和を目指す」というぶっ飛んだ思想の持ち主であり、「たまごかけごはん食べたい」「おかずなしでもそのままでOKです」という歌詞のオリジナルソングを歌う。米飯食に強いこだわりを持っている少女だといえる。祖父母が稲作をしていることや、実家である定食屋『おおもりご飯』が米にこだわっていることもそうした思想に影響を与えているようだ。
「歌とごはんで敵も幸せに」、「自分から率先して戦いたくはない」と願う彼女であるが、その必殺技は「敵を浄化する」という建前はあるものの、衛星軌道上からの爆破攻撃であり、他のプリキュア少女たちよりも一段とおそろしそうな技である。技の発動時に「命よ、天に還れ」と叫ぶことから、本当に「浄化」であるかも怪しい。