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「女の子の憂鬱」というコンテンツに隠れているもの

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柴田英里

(C)柴田英里

 2014年は『小悪ageha』『egg』『BLENDA』をはじめとした、ギャル雑誌の廃刊•休刊が相次いだ年だった。そんな中、5月に株式会社インフォレストの倒産により一時休刊したものの、8月に主婦の友社から復刊し現在復刊3号が発売している『姉ageha』はギャル雑誌の生き残りと言って良いのかもしれない。

 『姉ageha』がギャル雑誌の中で生き残ったのは、

(1)「もう若くないと悩んでいる人に読んで欲しい!! アラサーのためのビューティー雑誌です♡」というキャッチコピーが示す通り、“アラサー向けのギャル雑誌”というジャンル自体が希有であったこと。

(2)日本で唯一、切開や異物挿入を含めた美容整形を肯定的に扱っている雑誌と言って良いスタンス。

(3)隔月刊である(=購買読者の財布に優しい)、など様々な理由があるだろう。

 だが、復刊第2号である11月号の特集「アラサー•イン•ザ•ダーク 私の中の病みと闇」などを見ていると、『姉ageha』の復活が示すものは、決してギャルカルチャーの再興ではないと思う。ギャルカルチャーロスへの共鳴と、ギャルの枠で括れない多くの女性たちが「もう若くないという悩み」によって引き起こされる「生き辛さ」が、そこに見える気がするのだ。

「病み」は個人的なモノとして回収されてしまう

 例えば、結婚•出産を期に故郷へUターンしたモデルが漏らす「社会からぽつんと切り離されたような気持ち」「大人との交流がないとちょっとずつ病んでくる」「自分が社会から必要とされるような何かの業務に携わりたいが、地方で育児をしながらだと難しい」といった「病み」。彼女の吐露からは、都市と地方の隔絶――具体的に言えば、仕事の種類や働き方や賃金の格差が浮かび上がってくる。かたや、「健康体にはなれたけどヨガから離れると不安になる」「太るのが怖く、ちょっとでも理想の体重を超えたらいつもの自分らしさを保てない」というヨガインストラクターたちの「病み」からは、「健康依存」にしろ「美容依存」にしろ、「こうありたい(=あらねばならない、という強迫観念)私」と上手く付き合うことの難しさを感じてしまう。

 「失業」や「恋愛依存」「SNS依存」など、彼女たちが口にする「闇•病み」は、パーソナルでアンニュイな問題というよりも、社会問題であると思うのだが、行政・福祉領域の問題にもかかわらず、これらは非常にしばしば「女の子の憂鬱」というコンテンツの中に隠れて見えづらくなってしまう。

 「女の子の憂鬱」というコンテンツによって社会問題が見え辛くなる傾向は、『姉ageha』だけでなく、「甘くて、かわいい♡ 女の子のファッション絵本。」がキャッチコピーの『LARME』(徳間書店)にも顕著だ。

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柴田英里

現代美術作家、文筆家。彫刻史において蔑ろにされてきた装飾性と、彫刻身体の攪乱と拡張をメインテーマに活動しています。Book Newsサイトにて『ケンタッキー・フランケンシュタイン博士の戦闘美少女研究室』を不定期で連載中。好きな肉は牛と馬、好きなエナジードリンクはオロナミンCとレッドブルです。現在、様々なマイノリティーの為のアートイベント「マイノリティー・アートポリティクス・アカデミー(MAPA)」の映像・記録誌をつくるためにCAMPFIREにてクラウドファンディングを実施中。

@erishibata

「マイノリティー・アートポリティクス・アカデミー(MAPA)」

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