カルチャー

クンニする暇も与えない圧倒的なラスト!『ゴーン・ガール』とは誰か

【この記事のキーワード】
『ゴーン・ガール』公式HPより

『ゴーン・ガール』公式HPより

『ゴーン・ガール』  デヴィット・フィンチャー監督

 誰もが羨む幸せな結婚生活の中で、ある日こつ然と姿を消した若くて美しい妻・エイミー。その事態にただ動揺し警察に頼るしかない夫・ニックは、パッと見はイケメンで優しい。はじめは必死で妻を探すニックの姿に同情的だった世間やマスコミも、不審な痕跡の数々(誰かが拭き取ったエイミーの血痕、彼女が残した意味深な日記など……)が発見されると、失踪に見せかけた夫による妻殺しなのではないかと疑いの目を向け始める。若いひと組の夫婦は全米中の注目を集め、ニックは連日TVのニュースや新聞にて殺人犯扱いを受けるように……。

 果たしてエイミーは、生きているのか? どこに行ったのか? 命を落としたとしたら、誰が殺したのか?

 謎解きサスペンスの答えは、あっさりと中盤で明かされるのだが、その先こそが同作のみどころ。理想的な夫婦が陥る異常な関係に、わたしたちは、これはホラーサスペンスではなくコメディー映画だったんだと気付くだろう。

「エイミーであること」からの失踪

 ニューヨークに生まれ育ち、作家の両親のおかげで幼い頃からスポットを浴びてきたエイミーは、確かに美しく、洗練された女性だ。完璧な金髪に整った目鼻立ち、きっとアメリカ人が思い描く理想の女性なんだろう。しかし、なんと言うか、まったく面白味がない、無個性な美人なのだ。彼女が他の金髪の美人と入れ替わっても、もしかしたら気付かないんじゃないかと思うくらい(日本人で例えると、ちょっと古いが、沢口靖子的な美人とでも言うか)。

 映画の前半、エイミー演じる女優ロザムンド・バイクの魅力がイマイチわからず、なぜ監督はこの人を選んだんだろうと疑問に感じていたのだが、話が進むにつれ、この役が彼女でなければならなかった理由に深く頷いた。失踪するのが彼女の演じるエイミーである必要はなく、むしろ、“代替可能な女性”である必要があるのだ。つまり、現代を生きるわたし(女性)たちなら、誰でも「エイミー」(=タイトルでもある「ガール」)になる理由があるのだ。

1 2

gojo

1979年生まれ大阪出身、立教大学社会学部社会学科卒。2005年より自身のサイト「gojo」にて映画日記を執筆、2010年には蓮實重彦、黒沢清『東京から 現代アメリカ映画談議』(青土社)の出版記念トークイベントにてインタビュアーをつとめた。「森﨑東党宣言!」(インスクリプト)に寄稿。gojogojo.comで映画日記を更新中。

gojogojo.com

[PR]
[PR]

messy新着記事一覧へ

ゴーン・ガール 上 (小学館文庫)