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女性の乳房を巡るご都合主義「母のおっぱいはエロくない」「でも隠れエロ要素として消費できる」

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(C)柴田英里

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 すこし前の話ですが、京都新聞が1月21日に公式Twitterで、『おっぱいは誰のものか?…京都の研究会が「文化論」出版』という記事を紹介するために発言した内容に批判が集中、該当ツイートを削除して謝罪しました。問題になったのは、「おっぱいは、赤ちゃんのものですよね」「それとも、おっぱいはお父さんのものなのでしょうか?」「ああ、結婚してなければおっぱいは彼氏のものですよね」という一連のツイートです。

 月亭可朝さんの昭和を代表するコミックソング『嘆きのボイン』の歌詞にかけたと推測できますが、「ボインはお父ちゃんのもんとちがうのんやで、」という本家の歌詞と、「ああ、結婚してなければおっぱいは彼氏のものですよね」と「女性の乳房は男性の所有物である」と暫定的に断定するような京都新聞公式Twitterのツイートとは、印象と意味に大きな違いがあります。「女性の身体は女性本人のものである」「とても差別的な発言なので、考えるきっかけにはなりません」という批判が寄せられたのも当然の結果です。

 京都新聞公式Twitterは最初の謝罪文で次のように説明しました。

「『おっぱいは誰のものか』という視点から…乳房を切り口にすれば、さまざまな議論ができる。暮らしや文化、社会に対して考えを深めるきっかけにしてもらえればとの意図です。ご容赦ください」

 その意図で『嘆きのボイン』をアレンジするのであれば、本家の歌詞の続きにある、「腹の立つことや嫌な事があった日は、男は酒を飲んで暴れ回って憂さをはらし、女は胸にしまって我慢するから胸が膨らむ」という内容の、昭和の価値観・ジェンダー表象の部分まで伝えなければ意味がないと思いますし、「ああ、結婚してなければおっぱいは彼氏のものですよね」というアレンジには至らなかったはずでしょう。何より、新聞社であるにも関わらず、昭和のコミックソングにはあった「乳房を持つ人の不満」の視点が欠けているのですから致命的です。

 「なんでも言葉を狩ろうとするネットの風潮は嫌」と、京都新聞公式Twitterに同情する声もありますが、「女性の身体・感情・人生は女性本人のものである」という当たり前の権利さえ長く蔑ろにされてきた事実を軽んじるような発言を新聞社が公式で発言するのはアウトだと思います。

 「女性の乳房は男性の所有物である」ととれる内容のツイートで炎上を狙って記事への注目を集めたかったのであれば、もっとたくさん謝罪に見せかけた反論と無反省性を発露させ(燃料投下)、徹底的に燃やしまくる必要がありますし、そんな購読者を減らすような危険を犯かしてまで一つの記事の注目を集めたかったようには思えません。

 12人の専門家が、乳房への関心の持たれ方の変遷、「セックスシンボル」と「母性の象徴」をめぐる議論、美術的な乳房表現、少年マンガでの乳房の描かれ方など縦横無尽に論じている『乳房の文化論』(淡交社)は、個人的に大変に興味深いものなので読んでみようと思っているのですが、京都新聞公式Twitterの中途半端な炎上は大変残念に思っています。

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柴田英里

現代美術作家、文筆家。彫刻史において蔑ろにされてきた装飾性と、彫刻身体の攪乱と拡張をメインテーマに活動しています。Book Newsサイトにて『ケンタッキー・フランケンシュタイン博士の戦闘美少女研究室』を不定期で連載中。好きな肉は牛と馬、好きなエナジードリンクはオロナミンCとレッドブルです。現在、様々なマイノリティーの為のアートイベント「マイノリティー・アートポリティクス・アカデミー(MAPA)」の映像・記録誌をつくるためにCAMPFIREにてクラウドファンディングを実施中。

@erishibata

「マイノリティー・アートポリティクス・アカデミー(MAPA)」

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