人体彫刻で「巨乳」は避けられてきた
さて、この本(『乳房の文化論』)は未読なのですが、私の学んできた彫刻にも、昭和に建てられた公共彫刻の母子像における乳房の造形など、「乳房にまつわる問題」があるので紹介します。
まず、昭和の公共人体彫刻には、やたらと「母子像」が多く(都内であれば、池袋が「母子像」のメッカです。)、さらに、そのほとんどの母子が薄着(シミーズってやつですかね?)だったり裸だったりするという大きな不思議があります。
薄着や裸であることには、ロダンを崇拝して発展した明治以後の日本の人体彫刻の歴史も背景にありますが、「母子像」の母の胸が乳飲み子を抱えていても垂れたり巨乳であることはなく、少々こぶり(目測CからDカップ)かつ張りがある「綺麗なおっぱい」として形作られることには違和感を禁じ得ません。
人体彫刻で長く爆乳などの大きな胸が作られなかった背景には、古代ギリシャなどでは巨乳よりも貧乳の方が知的で美しいとされていたことや(ちなみに、完全に余談ですが、男性器は短小包茎が知的で美しいとされていました。ダビデ像のダビデは本当に史実的に造るのであれば、宗教的理由で割礼した状態であるはずなのですが、古代芸術の復興を言祝ぐルネサンスに造られたものですから、古代ギリシャスタイルの股間です。)、胸を大きく作りすぎると、完成した彫刻を高い所に配置した際彫刻の顔が胸で隠れてしまうことや、身体全体の流れるような動きが大きすぎる胸によって寸断されるという造形的な不都合があります。しかし、日本の昭和の乳飲み子を抱えた母像はギリシャ神話の神々でも躍動感のあるポーズでもありませんので、張りがあるC~Dカップである必要はないように思います。
にもかかわらず、母子像の母の胸が垂れたりしないのは、やはり、制作者の願望や理想、鑑賞者の要望が深く関わってくるからでしょう。そもそも、張りがあるC~Dカップの女性を作りたいならば、母子像を作る必要はありませんし、実際に裸やシミーズ姿の若い女性公共彫刻は戦後たくさん建てられて、「公共の場所に女の裸の像とはいかがなものか」と問題になりました。
女の裸を作るのに、「母子像」や「母性」が強調された背景には、「母なる女は素晴らしい」という「母性崇拝」とは別に、「母性愛、子供の為の乳房ってことにしておけば、とりあえずエロいと怒られないだろう。実際はエロ要素もあるけど」という算段もあったのではないでしょうか。その、公に晒されながら隠されたエロ要素こそが、「母子像の母の垂れない張りのある乳房」なのかもしれません。
■ 柴田英里(しばた・えり)/ 現代美術作家、文筆家。彫刻史において蔑ろにされてきた装飾性と、彫刻身体の攪乱と拡張をメインテーマに活動しています。Book Newsサイトにて『ケンタッキー・フランケンシュタイン博士の戦闘美少女研究室』を不定期で連載中。好きな肉は牛と馬、好きなエナジードリンクはオロナミンCとレッドブルです。Twitterアカウント@erishibata
1 2