眉の形をいじった形跡がある
10代の可愛い女の子が「眉毛を一度もいじったことないんです!」などと曇りなき笑顔で誇らしげに宣言したりもするほど、今の若者世代はナチュ眉傾向にあります(ここでは武闘派・ヤンキー嗜好は除外しておきましょう)。しかし30代以上の世代は、アムラー細眉流行期を体験済なので、抜いたり剃ったりした形跡が残っているのです。「マロ眉になってなきゃセーフでしょ」と思いがちですが、眉山を意識して眉の下を抜いた感が漂ってしまうとアウトなのだそうです。ナチュラル眉が当たり前で育ってきた真の若者世代からすると、眉山を意識した形跡は不自然に見えるとのこと。現在ブームとなっている太眉を意識して生やそうとしても、もう毛が生えてこない箇所があるのではないですか……? 眉とは本当に恐ろしいもので、一度いじった眉は、2度と元の自然な雰囲気には戻らない。眉のちょっとした変化というものは、自然破壊への警鐘かと思うほどに無視できないものなのです。
“女子”スピリットを漂わせている
真の若者世代の女性は、もちろん「可愛い」も好きですが、ナチュラルに「女子」。「男女平等」教育の下に育ってきた彼女たち世代では、気合いの入った“女子らしくあろうとする女子”は多くないそうです。他方、バブル期世代と、その煽りを受けバブル的価値観を捨てきれずにいる世代は、「男が女におごるのが当たり前」、「女は女らしく」といった洗脳を解けずにいる方がちらほら。また年齢を重ねていくと、社会から女子扱いされなくなる「何歳まで女子か問題」が発生し、肩に力を入れて「私は“女子”だぞっ♡」、「女子力を上げるために自分磨きしよっ」といった思考回路に陥りやすいとも。女性ではなく“女子”でいたい、という感覚なのでしょうか。
いくつになっても若さに固執し「可愛い女の子」扱いされて喜ぶより、少女でもオバアサンでもない年相応の女性として見られる自分でいることのほうが、無理のない生き方だと思うのですが……。
眉をいじった形跡も、“女子”スピリットも、女性にとっては年輪のようなもの。わざわざ自分より若い世代の女の子と自分を比べて「もっと女子っぽくいなければ!」と気合いを入れたり、若者と張り合っても、疲れるだけです。なにより、「若見え」にこだわっている年上女性は10~20代女性の目に「ああはなりたくない、痛々しい」と映っています。自分が実際に何歳なのか自覚し、「若見え」への勘違いをなくせば、もう「女子」ではない大人の女性になれるかもしれません。
(十五条えも)
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