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性暴力サバイバーによる映画『ら』を観て、いま一度考える「被害者の非」

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momoco85

『ら』は東京・渋谷のアップリンクにて上映中

 正視できず、何度も目を閉じてしまいました。しっかり見ておくべきものだとわかっていながらも、思わずスクリーンから顔をそむけてしまいました。映画『ら』--不思議なタイトルです。拉致の〈ら〉を示していて、この漢字そのものに〈無理につれていく〉という意味があるそうです。実際に起きた連続女性暴行拉致事件をもとに、その被害者のひとりである女性が監督となって映像化した作品です。タクシー内でのレイプ未遂について触れた先週の記事を書き終えてすぐにこの映画のことを知り、観にいってまいりました。

 映画のなかでは3人の女性が被害に遭い、監督が自身を投影した少女「まゆか」は、第一の犠牲者です。アルバイトの帰り、暗い夜道を歩いていて突然、暴行を受け、ガムテープで顔を覆われ、手足を縛りつけられて、車で運ばれていきました。まさに〈運ばれた〉という感じなのです。人格あるひとりの人間を、まるでモノのように扱う男性に、嫌悪感と恐怖が一気にブーストされます。

 なぜ、彼女だったのか? アルバイトからの家路、時間帯は深夜です。車の通りも少ない、暗い道です。ただ、家に帰ろうとしていただけです。ほんとうにそれだけです。スカートは短いです。でもそれは彼女が好きなものを着ているだけです。そのさわやかなワンピースはよく似合っているし、レースがついた三つ折りのソックスもちょっと幼くは見えるものの、当時の流行のものを身につけているにすぎません。

 ほかの被害女性が襲われた状況も同様です。女子高生は制服姿のまま近所の親戚に母親の手料理をおすそわけにいっただけ。OLさんは仕事が終わって自転車で帰宅していただけ。なんの落ち度も悪意もない人の日常生活に突然飛び込んできて、一方的に暴力をふるい去っていく人間がいる。〈女性である〉に〈たまたま襲いやすいシチュエーションにいた〉という条件が加わっただけで性的に蹂躙され、肉体だけでなく自尊心も人格も根こそぎ破壊される理不尽さに震えました。

女性も悪いのか?

 なんの落ち度もない。そう書きましたが、それでも心ないことをいう人がいることを、私たちは知っています。

「女性ひとりで深夜に出歩くから」
「バイト先でタクシー代が出るのに、けちって徒歩で夜道を帰るから」
「そんな短いスカートを履いているから」

 隙はあったのかもしれませんが、落ち度はありません。たとえ隙や落ち度があったとしても、女性をレイプしていいという理由にはなりません。それなのに、そうした隙や落ち度を「女性側が悪いとする」どころか、「誘っている」と言いたがる人まで世の中にいるから絶句します。先週の記事のコメント欄にもそのような書き込みがありました。たしかに私には落ち度がありましたが、こういう思考の持ち主は、非のないところにも非を見つけたがります。何かしらをあげつらってくるのが、そうした人たちの傾向だと私は考えています。

 レイプが発生する理由を被害者に求める風潮がゼロであれば、この『ら』はもっと違った映画になっていたでしょう。いえ、そもそも作られなかったかもしれません。加害した側が相応の裁きを受けるのであれば。被害にあった側が身近な人、警察、社会から適切に守られ、ケアされるのであれば……。

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桃子

オトナのオモチャ約200種を所有し、それらを試しては、使用感をブログにつづるとともに、グッズを使ったラブコミュニケーションの楽しさを発信中。著書『今夜、コレを試します(OL桃子のオモチャ日記)』ブックマン社。

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