インタビュー

「ねばならない」からの解放がオンナを強くする。元メンヘラ・小野美由紀『傷口から人生。』インタビュー

【この記事のキーワード】
小野美由紀

ゆっくりゆっくり前へ進んできた小野さん。

 2015年2月上旬に幻冬舎文庫からリリースされた話題の書『傷口から人生。 メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった 』で、自身の傷口をヒリヒリえぐるかのような鮮やかな筆致を見せた小野美由紀さん。誰でも持っているであろう“黒歴史”から目を背けず対峙し、文章化する姿勢には唸った。とりわけ「自分が他人を傷つけたこと」を自覚するのは勇気がいる。それを描ききった小野さんに、もっと詳しく話を聞きたいと思った。

【前編を読む】

認知の歪みを解きほぐす

――銀座とか六本木でのお仕事について、もう少しお伺いしてもいいですか。私がすごいなと思ったのは、六本木のどこかのキャバクラでは面接に落ちたのに、果敢に別のキャバを受けて、採用されるに至っているところです。それ以前の小野さん自身のキャラ描写を見ていると、「キャバ面接に落ちた」というひとつの事例でもう立ち直れなくなるような、そんな印象があったんですよ。

小野 どこかに受かったら「とりあえず、自分はブスじゃない」って思えると思ったんですよ。かろうじて。

――ひとつ落ちた時点で、「ああもう……(鬱)」ってならなかったんですか。

小野 ならなかったですね。

――そのときのバイタリティというかエネルギーが、なんかそれまでの「小野美由紀」という人物と別人のように漲っていて。

小野 そうですね(笑)。あの頃は私の内面だけでなく表面にまで「承認されたい汁」が滲み出ていたと思いますよ(笑)。私の周りにいる人は、その時の私を見たらすげー嫌だったと思う、今の自分だって当時の自分を見たらあまりに「承認されたい汁」が滴っているので、よけて歩くと思いますね。

――六本木で3カ月在籍した後、銀座へ移ったのはどうしてですか?

小野 六本木はやっぱり、「女はかくあるべし」な恋愛メソッドが一応あるし、年齢層が若くて女の子がキャピキャピしているので、自分には合わなかったんです。銀座は年齢層も高いし、女性がドスッとしているので長く続けられたんだと思います。水商売バイトをしていた期間は合わせて3年間ですね。

――夜遅くまでアルバイトして、大学受験をやり直すために予備校にも通っていて、慶應にも休むことなく通っていたんですよね。ものすごくハードじゃないですか?

小野 そうなんですよ。明け方3時ぐらいまで六本木で働いて、送りの車で日吉キャンパスに直接行って、キャバ用の盛りヘアのまま校内のベンチで寝て、9時からの一限に出るみたいな生活していて。めっちゃ編み込まれた盛り髪で「フランス語学Ⅰ」とか出ていたので、明らかに浮いてたと思う(笑)。

――どう見ても夜のお仕事の人ですね。語学で同じクラスの同級生とかいると思うんですが、お友達には何も突っ込まれず?

小野 友達をつくる余裕がなくて。仮面浪人していたから、午前の授業が終わったら午後から予備校に行くなどして勉強、夜は週3~4で六本木という生活だったので。でもそういう生活も、結局、数カ月で体力的に無理になって、諦めて。もともと予備校費用を稼ぐためのバイトだったんですけど、もう受験はいいや、って仮面浪人を諦めて、目標を海外留学にシフトしたんです。そのタイミングで、銀座に移りました。思い返すと、よっぽど自分の入った大学が嫌で、外の世界に出たかったんだろうなって思いますね。

――大学そのものから逃げたかった?

小野 そうですね。たぶん、「私、こんなもんじゃないぞ」って歪んだプライドがものすごく強かったからこその頑張りだったんだと思うんですよ。

――プライドって高すぎると良くないといわれるけど、あるから頑張れるところもありますね。

小野 今から考えたら、本当にそのときにしたいことをしようと思ってたら、大学辞めていたと思うんですよ。だって私の本当にやりたかったことって、留学でも東大受験でもなくて、「文章を書きたい」ってことだったんです。それは大学にいかなくてもできるじゃないですか。辞める勇気も、飛び込む勇気もなく、ずっとビビってたんですよ、私は。

――引き裂かれていますよね。自分のやりたいことと、親が「こうあって欲しい」と望む自分になることとの狭間で。単位取って就活して、というのは、実質、小野さんの希望ではなくて親の願望じゃないですか。

小野 単純に私が規範的なところからこぼれおちたくないって見栄みたいなところもあったんだと思いますけどね。就活でパニック障害になるまでは、「就職していい会社に入るんだ」ってこと自体は疑問を感じずにいて、それしかないと思っていたんですよ。周りも就職するのが当然みたいな感じだし。親の期待もあって、それ以外の方向があるなんて知らなくて。そのうえ私は自意識をこじらせていて自己肯定感も低いままだったので、本当は出版社に編集者として採用されたかったんですけど「私が編集者になれるはずない」って思って、出版社を受けるのにわざわざ「営業職希望」とか書いていて。他には、経済とかまるで知らないのに、四大商社を受けたり(笑)。本当に馬鹿な就活生。世間のこともわかっていないし、まっすぐ自分のやりたいことに向かう勇気もなかった。本当にただの臆病者でしたね。

――そこを見つめなおして、20代後半の今、そうやって言えるのはすごいですよね。小野さん自身に、緩やかな大きい変化があったんじゃないかなあって。

小野 そう、すごい緩やかでしたね。一気に波が好転したわけではなく、少しずつでした。今はライターという仕事をしているわけですけど、書く仕事もいきなりどこぞの媒体から依頼が来たわけじゃなくて、最初はブログをこつこつ書くことから始めて、だんだん読者が増えてきて少し自信がついて、某ウェブメディアのライター募集に応募したんです。だけどまだ「私なんかが書く仕事なんてできないよ」って思っていたから、採用試験用の1000字くらいの短い記事を、3週間くらいかけて何度も推敲しながら書いて、送信するのも手が震えるくらいで(笑)。

――やっぱりものすごい真面目なんですね。

小野 真面目だったんだと思います。でも応募したら「じゃあやってみましょう」と。意外と受け入れてもらえるんだなって思って、そこから書き始めていって、今はこうして編集者さんと一緒に単行本を作ることができたんです。

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