インタビュー

「いじめ」に改めて向き合う 『学校へ行けない僕と9人の先生』棚園正一×荻上チキ

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荻上チキさん(左)と棚園正一さん(右)

荻上チキさん(左)と棚園正一さん(右)

 漫画家・棚園正一さんが、不登校児だった小学生から中学校までの体験を基に描かれた『学校へ行けない僕と9人の先生』(双葉社)が、今年2月に刊行された。小学1年生のときに、教師にビンタされたことをきっかけに学校に通えなくなった棚園さんが、『ドラゴンボール』の作者・鳥山明さんに出会うまでを描いたこの作品には、不登校やいじめなど、「学校に通うこと」で直面する様々な問題が描かれている。

 「いじめ」や「不登校」は多くの人にとって、実際に目にしてきた問題だ。「あのときなぜいじめは起きたのか」「学校に来なかった子はどうしていたのか」。今も心にくすぶっている人は少なくないのではないか。

 そこで今回、棚園正一さんとNPO「ストップいじめ! ナビ」の代表を務め、評論家として活躍する荻上チキさんとの対談を実施。前編では、棚園さんの経験を交えながら、なぜいじめが起きるのか、そしてそれを防ぐ方法について語り合う。

先生が左右する、学校の居心地

 (C)棚園正一/双葉社

(C)棚園正一/双葉社

荻上 最近、いじめや発達障害など、様々な当事者が自らの体験を漫画にする、「当事者漫画」と呼ぶべきジャンルが盛り上がっています。これらの作品は当事者の語りとして貴重なものですが、人生のインパクトに比べて画力がついていけていないものもある。棚園さんの『学校へ行けない僕と9人の先生』は、エンターテイメントとして完結した作品を目指されていて、率直に面白く読ませていただきました。

冒頭で学校へ行けない棚園さんが、下校時間になったらベッドから窓の外を眺めて、家に帰る同級生たちを見送るシーンがありますよね。これって当時も実際にやられていたんですか?

棚園 はい、していました。「みんなきっと家に帰ってから友達と遊ぶんだろうなあ、でも僕、学校に行ってないし、遊びにだけ行くわけにいかないよなあ」ってもどかしい、羨ましい気持ちでした。

荻上 棚園さんは当時の気持ちをクリアに覚えているんですね。僕は小中学校の記憶がほとんどありません。覚えているのは放課後に見たテレビとか、映画とか、遊んだゲームとか。それ以外の自らを取り巻く環境は頭の中からかなり抜け落ちている。だからなおさら、クリアな描写に驚いています。

この作品には9人の「先生」が登場しますが、学校の先生や家庭教師、そして『ドラゴンボール』の鳥山明先生と、様々な種類の先生がいて、個性もバラバラです。9人の先生は棚園さんにとってどのような存在なんでしょうか?

棚園 全ての先生からいろいろな影響を受けて今に至っているので、みんなに感謝しています。不登校のきっかけになった、小学一年生のときに僕にビンタをした大島先生にも恨みはないんですよね。

荻上 本当ですか。僕は多くの先生に恨みを抱いているので、それもまた驚きです(笑)。学校では、児童は自分で先生を選べないですよね。子どもが主役と言いつつ、子どもが主体となる場所にはなっていない。だから全く合わない先生が担当になると、その間は苦痛に耐えなくてはいけない。作品では、学校に通えていた時期とまったく通えなかった時期がはっきりと分かれていますが、教師の影響はありましたか? 1、2年生は特に先生が何度も変わっていますが。

大島先生にビンタされる主人公の棚橋少年/(C)棚園正一/双葉社

大島先生にビンタされる主人公の棚橋少年/(C)棚園正一/双葉社

棚園 ありました。1年生の担任が大島先生、2年生の担任は途中で亡くなった宮村先生、そのあとに臨時で来た今西先生、そして若い着任したばかりの大野先生。特に大野先生は若かったのでいっぱいいっぱいだったように思います。1、2年生のときはほとんど学校に行けませんでしたねー。

荻上 4人とも、授業風景が楽しそうじゃないんですよね。教室をコントロールすることに強迫的になっているように描かれていました。一方で、3年生から6年生のときの2人の先生については、ネガティブなエピソードが描かれていません。周りの生徒も生き生きとしていた。先生の技法によるものなのでしょうか?

棚園 そう思います。たぶん「楽しく過ごそう」って意識が先生にあったんだと思うんですよね。それは僕だけじゃなくて、みんなに対して。特別扱いされなかったから、気まずくなかった。

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