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小藪はなぜ、「美女礼賛」の男社会に斬り込まないのか?

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小籔千豊オフィシャルサイトより

小籔千豊オフィシャルサイトより

 吉本興業に所属する芸人で吉本新喜劇・座長の小藪千豊(41)が提唱した「美魔女批判」が、今なお話題となっている。発端は、「SAPIO(2015年4月号)」(小学館)に掲載された小藪の記事である。

 小藪は“美魔女否定派”の立場をとり、以下のように論じた。

『ただキレイな人を持ち上げるようなテレビを見せられても、少ない給料の中でやりくりして子育てしてる若いお母さんは、メイクもできんし、エステにも通えず、服買うこともなかなかできん。なのに、自分より年いったオバハンがキレイにしてイキってるのを見たら、ストレスがたまる一方でかわいそう。』

『いろんなことを我慢して子どもを育て上げたオバハンを見て、男が「女はエライな」と思う、そんなオバハンを賛辞する方向に持っていかなアカンとつくづく思う。「美魔女=絶対の正義」みたいな風潮が強まりすぎて、普通のオバハンが「私らアカンのかな」となったらどうなるか。』

『美魔女もええけど、キレイじゃなくても素敵なオバハンはいくらでもいる。なのに、キレイなだけで褒めるのは、もうヤメにした方がええちゃうんかな。それがひいては日本のためになるということにそろそろ気づくべき。女の人が美だの恋だのに脳の過半数が奪われている国家というのは未来がないと思います。』

 この小藪の意見に、ネット上では多くの賛同が寄せられ、「イイこと言ってる!」とシェアされている。小藪は4月13日放送の『ビートたけしのTVタックル』(テレビ朝日系)にも出演し、「美魔女という生き方はアリ?ナシ?」と題した企画に即して、湯山玲子・岩井志麻子とともに、スタジオで7人の美魔女軍団(美魔女コンテスト歴代グランプリの面々)と直接対決をした。

 私は「美魔女、全然アリでしょ」と思う。というのも、個人がどう装うかについて、他人が口出しすべきではないと思うからだ。良いお母さんに見られたがっているのに派手な格好で世間的な良いお母さん像とかけ離れた装いの女性がいるとして、「なんか、自分が『こう見られたい姿』と、実際に他人が『こう見てる自分』というのが全然かみあわないの」と悩みを持っているとしたら、そしてそれを当人から打ち明けられたとしたら、「良いお母さんのコスプレすれば合致するんじゃないの?」と提言するかもしれない。しかし、「でも私は、この格好がしたいんだ!」と返されれば、「じゃあ良いお母さん像を外見で表現しようとする必要はないし、周囲の目を気にして疲弊しないよう努めたほうがいいと思う」と言うだろう。

 ただ、小藪の抱いている「違和感」とは、そういうことではないのだ。彼が「SAPIO」で主張したのは、「オバハンでもキレイでいなきゃアカン空気っておかしいやろ」ということである。そこには私も賛同する。

 小藪が批判したのは、美魔女そのものではなく、「美魔女が絶対正義/女はオバハンになってもキレイなほうがいい」という社会の価値観である。「みんながみんなキレイにならなアカンわけではない」と明言もしている。そのうえで彼は「外見はキレイじゃなくても、素敵な女性はたくさんいる。美しく装っている女性ばかりを持ち上げる空気はおかしい」という意見を呈したのではなかったか。

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ヒポポ照子

東京で働くお母さんのひとり。大きなカバを見るのが好きです。

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