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『シンデレラ』の継母はなぜ意地悪で強欲なのか

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(C)柴田英里

(C)柴田英里

 4月25日に公開されたディズニーの実写版『シンデレラ』をさっそく観てきました。

 今回の『シンデレラ』は、歴史に準ずる形ではなく、人種差別問題への配慮に基づいて物語を描写しています(具体的に言えば、中世ヨーロッパ的な舞台でありながら多様な人種が国家の重要職につくことができていたり、舞踏会に出席したり)。『アナと雪の女王』や『マレフィセント』をはじめ、近年のディズニー作品で人気を博した“男性に依存しないプリンセス”、“行動力があり聡明な女性像”をシンデレラに投影して、「やさしさだけでなく勇気も必要」という主張をさせることで、「やさしさ(美貌と従順さ)があれば玉の輿に乗れてハッピー」という従来のシンデレラのイメージを少々アップデートしているのもよくわかります。

 ですが、『シンデレラ』という物語の根幹に、「シンデレラ・コンプレックス」(※)という言葉が出来るほどの強い主張(女性は美貌と従順さがあれば、王子が来てくれて、幸福な結婚ができる。幼児性と従順さを持ち、男性の庇護下に置かれることが女性の幸せである)や、ハイパーガミー(階級上昇婚)志向がある点は払拭しようがありません。『マレフィセント』のように「姫と継母の友情」に振り切る現代的な改変もできず、かといって、「つらく当たってくる継母の元から離れ冒険の旅へ」というようなダイナミックな改変も、舞踏会や王子自体が不用になりそうなのでできなかったのでしょう。

(※)「シンデレラ・コンプレックス」
他者によって守られていたいという心理的依存状態、1982年にアメリカのジャーナリスト、コレット・ダウリングが『シンデレラ・コンプレックス –自立にとまどう女の告白』(三笠書房、木村治美訳)にて定義した。

継母が唯一持っていた権利

 「シンデレラは(実の)母に勇気と優しさを教えられた」と歌いながらも、彼女が「勇気」を見せる行動は「馬に乗って森を走りいじわるな継母がいる家からプチ家出」。「でも、勇気を出してプチ家出したおかげで王子にも出会えたよ」というわけです。「誰とも結婚せず孤高に氷の城を作って引きこもるプリンセス」や「魔女と共闘しちゃうプリンセス」といった近年のディズニープリンセス作品に比べて、なんとも「勇気」感が弱い、正直中途半端な改変感は否めませんでした。

 さて、逆から考えてみると「王子と結婚(玉の輿に乗る)することでいじわるな継母と姉たちから解放される」という、筋書きは、『シンデレラ』の物語において改変してはいけない一番重要なファクトなのかもしれません。

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柴田英里

現代美術作家、文筆家。彫刻史において蔑ろにされてきた装飾性と、彫刻身体の攪乱と拡張をメインテーマに活動しています。Book Newsサイトにて『ケンタッキー・フランケンシュタイン博士の戦闘美少女研究室』を不定期で連載中。好きな肉は牛と馬、好きなエナジードリンクはオロナミンCとレッドブルです。現在、様々なマイノリティーの為のアートイベント「マイノリティー・アートポリティクス・アカデミー(MAPA)」の映像・記録誌をつくるためにCAMPFIREにてクラウドファンディングを実施中。

@erishibata

「マイノリティー・アートポリティクス・アカデミー(MAPA)」

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