彼女の凶悪ぶりに理由を与えるとしたら、生来の嗜虐性癖が強いことはもちろんだが、「女に生まれたがゆえに受ける抑圧への反発」も確実にあるだろう。兄弟たちは数々の知識を叩き込まれるのに、マリーは何も教えてもらえず良い家に嫁ぐこと以外期待されていない。その苛立ちは募る一方だった。6歳女児時代、シャルルを助けるため彼が処刑を行う壇上に勝手に上がったマリーは、サンソン家を取り仕切る祖母によって拷問部屋で折檻される。「女は人ではない!!! 男がいなければこの世では生きていけぬ家畜以下の存在」「それがわからぬのならこの世では生きていけないのですよ!!!」と絶叫する祖母に、マリーは髪に仕込んでいた縫合用の針で傷を負わせ、「早く死ねババア」と立ち向かう。6歳にしてこの反撃、見事すぎる。
自分を抑圧した祖母にやり返し、自分をレイプした貴族もメッタ殺し、11歳にして男の恋心や憧れを操り、その後は女たちをも虜にしていく謎の魅力の持ち主・マリー。読者たちが感想を交わす場では、マリーの残虐さや身勝手さに「全然魅力的じゃない」と批判的な意見も多いが、私はこのキャラクターに魅了された。作者が史実に反してもマリーを中心としたフランス革命を描きたいと路線変更したことも納得がいく。
マリーは剣の腕がたつ。成人後は男とも女ともつかない独特の長身痩躯で、会う人すべてに「なんと美しい……」と見惚れられる美貌も持つ。彼女の「自由に生きて何が悪い」精神が、果たして純真(イノサン)なのかは受け止め方が異なるものの、この作品内で彼女が極上の魅力を放つ人間として描かれていることは間違いない。
登場人物が一様に惚れこむその「魅力」を素直に受け取ったわけではないが、ヤンキーテイストでかなりガラの悪い彼女に魅了されたのは、マリーの言動がいちいち痛快だからである。嗜虐的な趣味嗜好には閉口するものの、剣の腕がたつ彼女が力ずくで復讐を遂行し、「女である」ことで要請される諸々に一切屈しない様子は、現代の社会を生きる私たちが普段は表出させないよう押し殺している自らの暴力性に染みる。むしゃくしゃして攻撃的な気持ちになることはいつだってあって、「このクソ野郎ぶっ殺してやる!」と頭の中で爆撃を落とすこともままある。仕事相手だったりご近所さんだったり親族だったりその矛先は様々だろうが、誰にでもそんな暴力的欲望が頭をかすめることはあるだろう。ただし社会構成員として身を破滅させたくないから、絶対に表出させない。苦笑いでやり過ごす。だからやり場のない怒りが蓄積されているときにマリーの縦横無尽な活躍ぶりを見ると「もっとやれ、皆殺しだ!」と拳を掲げたい高揚感に駆られてしまう。
今後、物語は本格的にフランス革命に突入するが、『Rouge』一話では早くもマリーが真っ赤な紅をひいた唇に「貴族は鏖(みなごろし)だ――――!!!!」と不敵な笑みを浮かべており、権力構造を引っくり返すべく大きな騒動を巻き起こすだろうことが予感される。国王ルイ16世を処刑することになる歴史上の処刑人・シャルルから、史実ではほぼ無名ながらも主人公の座を奪い取ったマリー。すでに『イノサン』ラスト数話は彼女を革命に駆り立てるためのお膳立てとしか言いようのない展開で(マリーの初恋相手が唐突に登場、貴族に惨殺される→貴族は罪に問われない)、シャルルの存在感は消え失せていたが……。パリの狂犬・マリーが真紅の革命をどう率いていくのか、狂犬ラヴァーとして『Rouge』の続きが待ち遠しくてならない。
(下戸山うさこ)
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