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秀吉は側室20人 伊藤博文には13歳の愛人 偉人もセックス依存症だった?時代で変わる”性の規範”

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英雄色を好む!? 正常と異常は時代で変わる...

英雄色を好む!? 正常と異常は時代で変わる…

 住み込みのお手伝いさんに次々と手をつけては妊娠させ、同じ家に妻がいながら、お手伝いさんと、彼女に生ませた子どもとも一緒に暮らす生活──。

 現代ならば、まれに見るゴシップニュースとして世間を騒がせ、一種のセックス依存症として、診断の対象となるだろうか。だが、これが幕末期に活躍した日本史に残る偉人のことだとなると、また話が違ってくる。

 その人の名は、勝海舟。幕臣ながら先見の明に秀で、咸臨丸を指揮して日本人最初の太平洋横断航海を行い、坂本龍馬に国際社会に関する教えを授けた。1868年には官軍の攻撃前に西郷隆盛と会談して江戸城を開城し、江戸を戦火から救った。時代が明治に移ってからも、政府に請われて海軍卿などを務めた。

 その勝海舟が大変な漁色家だったとは意外な気もする。30代の頃、長崎海軍伝習所で学んでいたときに愛人ができたのを皮切りに、お糸、おかね、お久、お米、おふさ、おなか……と妾を持ち続け、少なくとも5人の妾に計9人の子を生ませ、妻と妾と同居する生活を送っていた。

 本人曰く「それでも家庭はうまくいっていた」らしく、妻・お民を「おれの手をつけた女どもが一緒にいて、おれの家に波風一つ起きないのはあれの偉いところだ」と評した。もっとも、海舟より長生きしたその妻は、死に際して「海舟のそばには埋めてくれるな」といったそうだが……。

 明治新政府では、初代総理大臣・伊藤博文の好色ぶりも有名だ。女が掃いて捨てるほどいたため「帚(ほうき)」というあだ名がついたほど。行く先々で芸者に手をつけては、自宅に連れ帰って泊めてしまう。そのなかには13歳の幼い芸者もいた。その芸者たちの面倒を見たのは、これも元芸者の妻・梅子。伊藤博文は、40度の高熱を出したときでも両側に芸者二人をはべらせたというエピソードもある。並の好色家ではない。

 戦国時代に目を転じれば、天下人・豊臣秀吉の女好きも有名だ。20人以上の側室を抱え、諸大名の娘や未亡人に次々と手をつけた。正妻の寧々から秀吉のあまりの浮気癖を訴えられた主君・織田信長は、秀吉を非難して同調し、寧々を励ましている。

時代によって変わる「正常」と「異常」の境目

 プロゴルファーのタイガー・ウッズは、18人の愛人がいたことで「セックス依存症」という診断を受け、治療施設に入所した。だが、その基準をこれらの歴史上の人物にあてはめると、まぎれもなく彼らもセックス依存症ということになる。

 しかし、彼らは「セックス依存症」とは評されない。そんな言葉も概念も当時にはなく、側室や妾が大勢いるのは、権力者としては至極当然のことだった。現在のセックス依存症の定義のひとつに、「生活が破綻するかどうか」がある。妻以外のパートナーがいても大目に見られた時代では、同時に複数の女性と関係を続けても社会生活の破綻につながらなかった。

 「英雄色を好む」という言葉がある。時代によって漁色家や艶福家は、むしろプラスのイメージで使われてきた。時代と社会の状況によっては、複数の女性と関係を持つことが評価された場合すらある。

 性に関する規範は、時代とともに変わる。異常と正常のラインは、その時々の道徳観念や常識に左右される、相対的なものなのかもしれない。

■里中高志(さとなか・たかし) 1977年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。大正大学大学院宗教学専攻修了。精神保健福祉士。フリージャーナリスト・精神保健福祉ジャーナリストとして、『サイゾー』『新潮45』などで執筆。メンタルヘルスと宗教を得意分野とする。著書に精神障害者の就労の現状をルポした『精神障害者枠で働く』(中央法規出版)がある。

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