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『マッドマックス』におけるフェミニズムと、マゾヒズムによる権力の解体

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(C)柴田英里

(C)柴田英里

 大評判の『マッドマックス 怒りのデス・ロード』を観てきました。

 この映画の感想を一言で言えば、「火を吹くギター、疾走するバイク、飛び交う銃火器の弾丸、のべつまくなしの射精表現。だから、これだけジェンダースタディーズな内容でも、マッチョな人にとっては副音声にしかならず、文句が出ないのかなあ」というものです。

 Twitterなどで、フェミニズムに関心を持つアカウントたちが、続々とマッドマックスにむせび泣き狂喜乱舞している理由は明白です。

 「ヒャッハー!!!!」な世界観の中で、坊主頭に目の周りを真っ黒に塗り、メカニカル義手を使って銃火器の扱いも車の運転もお手の物な女戦士「フュリオサ」役のシャーリーズ・セロンが最強にカッコイイばかりでなく、独裁者「イモータン・ジョー」の嫁(性奴隷)という立場から、フュリオサの力を借りて逃げ出した5人の女性たち「ワイブズ」一人一人を“思考する人間”として描いること。レイプシーンなどの女性が不快になりやすいシーンも一切なく、「戦う女たちの物語」に、嫌な気分になることなく没頭できるからです。

 さらに、物語中盤以降に登場する、砂漠で戦うババアたちが必死に守ってきた様々な植物の種は、「フェミニズムの歴史」そのものととらえることができます。選挙権、財産所有・相続権、教育を受ける権利、中絶の権利、歴史の中で女性たちが必死に戦って勝ち取ってきた権利は、残念ながら現代でも蔑ろにされることは多くある状態です。

 砂漠の中でババアたちは、かつては緑の楽園を築きましたが、その場所は現在既になく、種(かつて実ったものの遺伝子)を植えても根付かない不毛の砂漠の中で、それでも様々な植物の種たち(多様な文化)に未来を託しながら生きてきたようです。そして戦うババアたちは、フュリオサとワイブズたちに「様々な植物の種(フェミニズムの歴史)」を「生きる希望」として託します。

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柴田英里

現代美術作家、文筆家。彫刻史において蔑ろにされてきた装飾性と、彫刻身体の攪乱と拡張をメインテーマに活動しています。Book Newsサイトにて『ケンタッキー・フランケンシュタイン博士の戦闘美少女研究室』を不定期で連載中。好きな肉は牛と馬、好きなエナジードリンクはオロナミンCとレッドブルです。現在、様々なマイノリティーの為のアートイベント「マイノリティー・アートポリティクス・アカデミー(MAPA)」の映像・記録誌をつくるためにCAMPFIREにてクラウドファンディングを実施中。

@erishibata

「マイノリティー・アートポリティクス・アカデミー(MAPA)」

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