憂鬱な気分のとき、みなさんはどう過ごされていますか?
昔から気分を切り替える方法がわかりません。ネットで検索すると、ウォーキングや長風呂、趣味に没頭するだのといった答えが出てきます。でもそんな気休めめいたことをしてみたところで、根本的に何かが解決するわけじゃない。憂鬱の原因が解決されない以上、何したって気分は沈み込んでいくわけです。
しかしそうは言っても、そもそもこの憂鬱の原因というやつがはっきりしないから、どうにも解決のしようがわかりません。死にたくて死にたくてしょうがない、毎日地獄みたいだけど、頭がおかしくなってしまえばいっそ良いのに、半端に正気が残っているからタチが悪い。
何をどうすればいいのかわからない。自分の頭が、考えが、信用出来ない。誰か教えてくれないでしょうか?
さて、というわけで、「アナタは大丈夫? 人を不快にさせる癖をなおすにはどうすればいいの?」に寄せられたアドバイスを読んでいきたいと思います。この回には、普段より多くの真摯なメッセージが集まりました。有意義なコメントも多かったので、同じような悩みを抱えている方の助けにもなればいいと思い、多めに抽出します。
どうも、「なら死ね」「働け」以外に、大別すると二つのアドバイスの流れがあるようです。一つは「病院行け」。で、もう一つが、多分、言葉を何か言い換えるということ。
つまり、「死にたい」と呟きそうになったら、他の言葉に言い換えていく。例えば、「生きてるって素晴らしい」と呟いてみたらいいんじゃないか。と、そういうことなのだと理解しました。
これはもしかしたら口癖以外のその他の癖にも敷衍して、貧乏揺すりの代わりにストレッチするとか、何か別のことをするようにしてみる、という感じに使えそうですね。ぜひみなさんも試してみてはいかがでしょうか?(お役立ちハウツー記事風)
早速日常の生活で試そうとしているところに、ふっと新展開がやってきました。
無職伊豆旅情編
僕が、フラれてから何年もたつのに未だに引き摺っていて、messyで女子会の帝王・KENJIさんに相談した結果「忘れなさい」と言われたにもかかわらず、アドバイスを無視して会いに行き、みっともなく復縁を迫り続けている元カノのミョンちゃんと電話していたときのことです。ミョンちゃんはというと、この連載を読んで色々と思うところがあったみたいで、ショックで寝込んでしまい、一週間丸々会社を休んでしまいました。その後も通勤中にぶっ倒れて救急車で運ばれたり、心身のバランスを崩していて、深刻にヤバいわけです。
僕「そういや、今どのへんに住んでるの?」
ミョンちゃん「教えない。過去の男が全員ストーカーになって懲りてるから。あんたが私の家にくることなんて、絶対あり得ないんだから、関係ないでしょ」
僕「じゃあ、今度から一体どこで会えばいいのさ」
ミョンちゃん「……伊豆旅行に行くよ」
と、ある日彼女が突然言い出しました。山奥のコテージをすでに予約したそうです。
金がないので関西から伊豆まで青春18切符で行きました。これ、在来線乗り放題の切符で、新幹線を使わずに乗り継いでいくことになるわけです。
途中、信号機が故障し、電車がストップ、代行輸送ということでJRが手配したバスに乗るなど、中々波乱万丈の道中を経て、結局12時間近くかけて伊豆に辿り着きました。以前にミョンちゃんと江ノ島に行こうとしたときも、事故で江ノ電が遅れてて、結局諦めるハメになったのでした。ミョンちゃんと会う日には、いつも電車が遅れる……。そういえばコメント欄に、「ミョンちゃんから離れろ!」といった内容の書き込みがあったことを思い出しました。まさか、読者の方々の怒りが生き霊となって、僕の運命の恋路を阻もうとしている……? はぁ……。
しばらく待つと、ミョンちゃんがやって来ました。江ノ島デートから約1カ月ぶりの再会です。
「奥山くんなんか、大嫌いだ」タクシーで山奥のコテージへ。このところ夜眠れず、昨夜も一睡もしてないという彼女は、そのまま倒れるように眠り込んでしまいました。
翌日、夕方に目覚めた彼女と共に、予約してくれていたフレンチを食べに行きました。「わたしの過去の男の話聞きたい?」と彼女は口にしました。無言でうながします。
ミョンちゃん「奥山くんって男がいてね。バカでなよなよしてて女々しくて頼りなくて気持ち悪くて屑でしょうもない無気力ダメ人間。ぺちゃくちゃお喋りな癖に、肝心なことは口にしないから、何考えてるか一つもわからない。5歳年下で、本当はすごく好きなのに、どうしても本気で付き合う気になれなくて、わざと冷たくしてた。それが今さらノコノコ現れて、ずっと言えなかった本音とやらをぶちまける、最低の自己中男。私の人生めちゃくちゃにしようとしてる。でも、遅いよ」
僕「でも好きなんだ。だって、好きなんだ」
ミョンちゃん「来週、両親の決めた男と会うよ。韓国人。多分、結婚する」
こともなげに彼女はそう言いました。返す言葉もありません。ミョンちゃんは眠り続け、僕は本を読み続けました。
翌日の夜も僕たちはドレスアップして出掛けました。わざわざ革靴にウールのパンツなんかはいて、ミョンちゃんも綺麗なワンピースを着ていました。男ってなんでワンピースが好きなんですかね。
さて、ところが夜の山道は、徒歩で行くにはあまりにアップダウンが激し過ぎて、グーグルマップが算出した時間通りには行きません。僕が予約したレストランに辿り着くと、もう閉店です、と言われてしまいました。……。相変わらずダメです。その後、いろんな店を探してみますが、どこも閉まっていました。親切な店員さんに教えてもらったコンビニまで、物凄い坂を登ってるうちに、すっかり汗だくになってしまいました。暗い夜に、控えめな街灯に照らされた木々の緑だけが映えていました。三時間近く歩き続けてコテージに帰り着く頃にはすっかり日付も変わっていました。「でもこんなの一生忘れないよ。フレンチのフルコースなんか糞食らえだよ。二人で深夜に食べたカップ麺のがおいしいね」ミョンちゃんはずっとニコニコしていました。
僕といるとミョンちゃんは不幸になるんだろうか。ふっと、そんな気がしてきました。
深夜、真っ暗なコテージの寝室で、声だけになったミョンちゃんが言いました。
「あなたは、きっと常に書くことで頭が一杯。今も、いつも。あなたは文章を書くことを選んだんだから、私より書くことを選んだんだから、その選択の責任を取るべきだよ。あなたが私と一緒になる、そういう未来はないの」
偉大な文豪は最愛の人にフラれて傑作を書いた
翌日、小さな美術館で絵を見たりしたあと、タクシーで駅に向かいました。僕たち以外に誰もいなかった、寂れた美術館に飾られていたデヴィ夫人の写真が気になってしょうがありませんでした。何故に美術館に、デヴィ夫人……? という率直な違和感より、別の懸念がありました。昔から、進路の話をしている最中に突然何故か母親がデヴィ夫人の半生を語り始めたり、フラれてる最中に女の子がデヴィ夫人を賞賛しだしたり、どうも僕は人生の節目にデヴィ夫人が現われるジンクスというのがあって、何か起こりそうな嫌な予感がしていたのです。
「これで会うのは多分、最後だね」駅のホームでミョンちゃんは言いました。僕はたまらない気持ちになりました。うまくいきそうな気がしていたのに、突然そんなことを言われて、どうしていいかわからなくなりました。あぁ、死にた…………いや、ここで僕は読者からのアドバイスを思い出しました。思っていることと逆のことを言うべし。今こそアドバイス実行の好機じゃないか。「し……生きてるって素晴らしいなぁ。本当に毎日楽しかった。幸せで、たまらない気持ちだったよ。ありがとう」そう、頭の中と真逆の言葉を吐いた途端、彼女はブチギレました。
「私は旅行中、ニコニコ笑いながら内心毎日悩んで地獄だったよ。どうしていいかわからなくて、頭おかしくなりそうで、なのに奥山くんはなんでそんな脳天気なこと言うの? ふっざけんなよ!! お前、殺すぞっ! 死ねっ、死ねよっ!」
完全に裏目に出た!! ミョンちゃんは泣きながら、僕をグーで何度も殴りました。疲れきって、二人で電車に乗って、頭をもたせあって眠りながら、僕は変な幸福感みたいなものを感じました。
お別れのはずの熱海駅で、ミョンちゃんが「ホームまで送れよ」と僕を引っ張っていきました。「無職と結婚出来るわけないじゃん。お前みたいな、みっともない屑男のこと、今日金輪際忘れるから」列車が駅のホームに滑り込んできました。別れの予感がしていました。僕はぎゅっと目を閉じて、心の準備を始めました。ダンテもニーチェもゲーテだって、偉大な文豪は最愛の人にフラれて傑作を書いたんだ、それでOK大丈夫何の心配もないぜ問題ないぜ。そうだろ? なのになんで痛いんだ。しょうがないって頭ではわかってるのに、なんでこんなに心が痛いんだ? 車両のドアがぷしゅーっと開き、
そしてミョンちゃんは僕を引っ張って中に押し込みました。
唖然としているうちに、ドアが閉まり、電車は東京に向けて走り出しました。
奥山村人(おくやま・むらひと)
1987年生まれ。京都在住。爪切りをサボり過ぎて、足の小指の爪がはがれてよく血を流します。Twitter:@dame_murahito BLOG:http://d.hatena.ne.jp/murahito/