なんとなくかわいそう、なんとなく叩く
後日、友達に話を聞いた娘ちゃんから報告を受けた上原は、激しい憤りを覚えます。
「お友達のお母さんが言ってたんだって!!」
話し合いができた達成感と、友達が直接的に「親が送迎しないなんてヘンだ」と思っていないことを素直に受け止め、屈託ない笑顔で話す娘ちゃん。でも上原には娘ちゃんの笑顔がとても切ないものに見えたし、どう返事して良いのかも分かりませんでした。
「そっか〜。ちゃんと話できたなら良かったね!! かぁかは保育園の送り迎えはできないし、学校あるから行事に参加するのも難しいし、お友達のお母さんの“普通”とウチは違うんだろうね」とだけ話しました。
大人になると多様性を受け入れようとする。そんな考えは甘かったと後悔しています。ゴシップ的なネタとして、自分と違う人達の存在を扱ってしまう大人も少なくないかもしれない。娘ちゃんの友人の保護者がどんな話をしていたのか詳しくはわかりませんが、それでも、娘ちゃんのことを思うと、この保護者が自身の子どもに話した内容は、上原の理解を絶するものです。これが、保育園児同士だったから良かったのかもしれませんが、幼稚園児や小学生になると話はより深刻になります。少しずつ子供同士の仲良しグループが作られるようになる時期ですし、「人と違うこと」が排除の対象になりかねません。
誰かを吊るし上げて人を傷付けて楽しさを感じても、それは一瞬の快楽でしかなく、自身の快楽のために人を傷付け続けるのは好ましくありません。ましてや、その快楽のために大人が、「自分と違う人」排除することを子ども達のコミュニティにまで持ち込むなんてもってのほかです。
でも、よくよく考えてみると大人同士でのひとり親に対する偏見って、目を背けたくなるくらい酷いものばかり。普段から「子どもがかわいそうだ」とか言われるし、何か悲しい事件が起これば「ひとり親だからだ」とか言われるし、若い母親なら性的な対象として攻撃されますし……。
表面的な部分だけを面白おかしく取り上げて、課題としては考えてないんだろうな、と思ってしまいます。上原としては、そういう扱いをする人達の考えも理解したいです。とはいえ、どんなに理解しようとしても、正直……かなり難しいです。
上原の周りだけかもしれませんが「かわいそうだ」とか、「ひとり親だから」とか、そういう論調の人達ほど、ひとり親が置かれている環境をデータで見たことが無かったり、どうしてそうなるのか考えたことが無かったり、思考停止している気がしています。こちらが理由を尋ねても「なんとなく」とか、「だって、かわいそうじゃん?」とか、感情論での返答が多いため、共感することはできないし、理解するのも難しくなってしまいます。どうしたら理解を得られるのかは、上原の今後の課題にとっておきます(笑)。
まあ上原としては煮え切らない部分もあるのですが、娘ちゃんいわく「え? かぁか居るし、かぁかも学校行ってるんだから仕方ないでしょ」らしいので、何も言うまい!!!(笑)
……とはいえ、未だにファミリーコンピューターで時が止まっている上原家。そして今日もファミコンのスーパーマリオをしている娘ちゃん。きっと、同級生はNintendoDSやWiiで遊んでいるはず。ファミコンという「人と違うこと」がきっかけで、また娘ちゃんがイジられることがないよう、かぁかは願っています♡
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