――どうやって全額用意したんですか?
N「幸いにも、どちらのバイト先でも雇用契約書を書かなかったんです。なので、『会社を辞めて3カ月間はバイトも何もしてません』と役所に申請してみたら、失業保険が月15万ずつ3カ月間もらえました。当時、23歳で勤続年数2年8カ月、自己都合退社だとこの金額がマックスでした」
――なるほど。ちなみに広告会社ではどれくらい稼いでいたんですか?
N「カフェに時間を取られてたので、月10万も稼いでなかったと思います。いくら稼げないとはいえ、紹介してもらった手前、辞めづらくて悩んでいた時、東日本大震災が起きたんです。震災後の営業方針がオーナーとまったく合わなくて、嫌気がさして3月中に辞めちゃいました」
――それで広告会社一本に絞ったと。
N「はい。2011年8月には広告会社で正社員になって、今も同じ会社で働いてます。正社員になる前の3月~7月は、時給1000円で15連勤は当たり前のような生活をしてたので、手取り20万以上稼げました」
――その間、国民健康保険に加入してたんですか?
N「はい。あと国民年金と住民税も1日も遅れずに払ってました。少しでも遅れると、手続きが面倒くさくなる一方じゃないですか。なので、どんなにお金がなくても、国を相手にするお金は、大体の人と同じペースで同じことするって決めてます」
5枚のクレジットカードで満額利用
――滞納していた家賃を失業保険で支払い、正社員に復帰。一時はどうなることかと思いましたが、生活が落ち着いてよかったですね。
N「それがそうでもなくて……。実は、家賃を滞納してた時に、親に40万の借金をしたんです。でも、なぜかそれでも足りなくて、クレジットカードを大量に作りすぎちゃったんですよ。『ここで申し込んだら●●が割引になりますよ』とか、お店でオススメされたカードは全部加入してたら、気付いた時には5枚もあって……正社員になった頃には、全部のカードで満額までショッピングもキャッシングもしてしまっていたんです」
――カード利用の総額はいくらだったんですか?
N「200万弱ですかね」
――家賃を滞納し始めたのが2010年10月、広告会社で正社員になったのが2011年8月……10カ月間でクレジットカードと親への借金合わせて240万弱。何に使ったんですか?
N「特に思い当たる物はないんですけど、お金ないのに生活レベルを下げなかったんです。旅行を含め行きたい所は行ってたし、食べたい物は食べて、買いたい物は買って。一番大きな買い物は、ふと『着物が着れるようになりたいな』と思って、CMで有名な『日●和装』の着付け教室に通ったんです。着付け教室自体は無料だったんですけど、カリキュラムの中に何回か『帯工場を見に行こう』とか『反物屋を見に行こう』という日があって。着付けができるようになったら自分の着物がほしくなっちゃったんです。なので、反物からオーダーメイドで20万くらいの着物を買いました」
――その資金もカードなんですね。
N「はい。最終的には毎日5社から督促の電話がかかってきてました。差し押さえギリギリまでいってたんですけど、どうにか利息分だけ払って逃れる生活でしたね。ただ、それでも首が回らなくなちゃって、結局2枚のカードは焦がしました」
――「焦がす」とは何ですか?
N「簡単に言うと、今も完済せずに放置してるんです。シェアハウス時代に作ったカードに関しては、今はもう引っ越してるし転職してるので、電話番号さえ変えちゃえば逃げられたんです」
――そういうのって、「クレジットカード会社のブラックリストに入ってしまう」んじゃないですか?
N「それが、今の会社に入ってから普通に収入もあるので、新しいカードを2枚も作れました。もちろん別のカード会社ですけどね。焦がしてしまったカード会社ではブラックリスト入りしてるかもしれないですけど」
――焦がさなかった3枚のカードは完済したんですか?
N「それがなかなか返せなかったんです。でも、今の会社は夏と冬の年に2回ボーナスがあって、2012年2月に100万もらったんです。それで3枚のカードの借金を一括で返済しました。人生初ボーナスがカード返済でパアですよ(笑)。夏は10万くらいしか出ないんですけど、2013年2月には150万もらったんです。その時に親にしていた借金も完済しました」
――100万や150万のボーナスで完済……家賃滞納してた頃からは考えられませんね。というか、そんなにボーナスが出る会社ってすごい実績が好調なんでしょうね。
N「ちょうど会社がどんどん大きくなっていた時期で、人生で一番働いてましたからね。土日関係なく休まず働いてましたけど、仕事がとにかく楽しくて、まったく苦痛じゃなかったんです。でも体は正直で、過労に悲鳴を上げちゃって、2013年6月にまた4カ月ほど引きこもりました」