カルチャー

自分を見失い空っぽになった女性が、たったひとりで自信を取り戻していく過程

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『わたしに会うまでの1600キロ』公式HPより

『わたしに会うまでの1600キロ』 ジャン=マルク・ヴァレ

 本作は、ひとりのアメリカ人女性の自叙伝を元に作られた、実話に基づく物語である。と言っても、劇中でドラマチックな出来事が起こるわけではなく、映画の大半は、主人公シェリル(リース・ウィザスプーン)が、バカでかいリュックを背負って人気のない荒れた砂漠の道を歩く姿を映しているだけだ。何十日もかけて歩く見るからに過酷なその山歩きは、一体何のために行われているのか? 彼女はどこへ向かっているのか? 回想によって少しずつ明らかになっていき、特異な求道者のように見えた山登りは決して、彼女だけの個人的な体験ではないと見る者の胸に迫ってくる。

 ほぼ登山初心者のシェリルは、ガイドブックを頼りに、アメリカ西海岸の自然歩道パシフィック・クレスト・トレイルという過酷なコース(全長1600キロ!)を誰にも頼らず踏破することに挑戦。しかしスタートしてすぐに後悔、重い荷物や不慣れなキャンプ道具に対して「ファック!」「シット!」と上品ではない言葉で愚痴りながら、なんとか一日めをやり過ごす。アウトドアに興味のない者としては、「そんなにイヤならさっさとやめればいいのに……」と思わなくもないのだが、それでも彼女は旅を続ける。

 ただひたすらひとりで大自然の中を歩く中で、他人との会話はほとんどなく、孤独の中で思い出されるのは家族や友人との過去の記憶だ。

 特にシェリルにとって大きな存在だったのは、DVを振るう父親から自分と弟を守ってくれた、陽気で優しい母親。女手ひとつで子どもを育て、娘と同時期に大学に入学するほど生きることに積極的だった母だが、シェリルは彼女に理解を示さなかった。晴れ晴れとした顔で「やっと自分の人生の操縦席に座れた気がする」と話していた母は、しかし、癌で亡くなってしまう。

 最後まで“母に相応しい娘”になれなかったという後悔に捕われたシェリルは、夫がいるにも関わらず、ゆきずりの男と簡単にセックスを重ね、勧められるがままヘロインにハマり、自傷行為そのものと言えるような破綻した生活を送るようになる。挙げ句、不倫相手の子どもを妊娠、中絶、そして離婚という、相当な転落人生を歩んでしまう。

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gojo

1979年生まれ大阪出身、立教大学社会学部社会学科卒。2005年より自身のサイト「gojo」にて映画日記を執筆、2010年には蓮實重彦、黒沢清『東京から 現代アメリカ映画談議』(青土社)の出版記念トークイベントにてインタビュアーをつとめた。「森﨑東党宣言!」(インスクリプト)に寄稿。gojogojo.comで映画日記を更新中。

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