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どうして私がこんな目に!? 非婚ママと夫獄中ママが味わった強烈な産後孤独

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 久しぶりに母子手帳を開いてみると、娘ちゃんの4Dエコー写真が出てきました。お腹の中にいた頃から、あまり顔は変わらないなあ~と、娘ちゃんの寝顔を見つめながらほのぼのとした気持ちになりました。シングルマザー女子大生・上原由佳子です。

 原稿を書いている現在、10月15日。4年前の今日は、朝8時からソワソワしていました。というのも、昭和家電の原稿で登場した、生活苦と悪祖に苦しむ上原に弁当を買って来てくれていた幼馴染みのサラから、「陣痛きたかも!! 病院行くね!!」という電話があったのです。あれから4年……サラの娘が4歳になるなんて。時の流れを感じています。

 上原とサラは、お互いの出産に立ち会っています。幼馴染みが出産に立ち会うなんてなかなかないのではないでしょうか? お互いに一生忘れない出来事になっていると思います♡

 さて、今回は「産後の孤独」について書いてみたいと思います。

えっと、どれが娘ちゃんだ?

 上原の出産は、母とサラの立ち会いのもと行われました。

 (元)夫は何してたのかって? 魔法の国に収容されていたので、立ち会いは100パーセント無理でした☆きゃぴ

 分娩室に入った20歳の上原はずっと「いたぁぁぁぁああああい!!」「まだ生まれないのぉおおおお!!??」と絶叫していました。サラが上原の手を握り「代わってあげたい……!!」と泣いていたのを覚えています。しかも、微弱陣痛が2日間続いていたため、最後の最後で息む気力? 体力? が無くなってしまい、なかなか娘ちゃんが産まれてこなかった。朦朧とする意識の中、看護師さんが上原のお腹を強く押して、ようやく娘ちゃんの産声が聞こえてきました。

 生まれたてホヤホヤで血まみれの娘ちゃんを抱きつつ、「ありがとう……(泣)」と声をかけ、感動の瞬間は終わりました。

 出産当日は自力で立って歩くのが難しかったけど、夜になるまでサラが付き添ってくれたので、何度も新生児室の前に行き、しわくちゃの可愛い娘ちゃんを眺めていました。その時の会話が「可愛いね〜、癒されるね〜」「でも新生児って、みんな同じ顔に見えるねー」「タグ見ないと違う赤ちゃんにオッパイあげそう(笑)」という、ちょっぴり酷い内容だった事は、娘ちゃんが成人した頃に話そうと思っています。

どうして私がこんな目に合わなきゃいけないの?

 出産したお母さんが、その後6日間くらいは産婦人科で過ごすことは、家族に出産経験がある方はご存知だと思います。

 陣痛室でひたすら陣痛に耐えている時は痛みで周りの状況がよく分からないし、出産した当日は、「おっしゃ! 産んだぜ!」という開放感と達成感みたいなものがありました。もちろん、痛みや体調的なものは、それなりにキツいのですが、精神的にはキツくなかったです。

 産後の上原が精神的に辛かったのは、出産そのものに伴う痛みよりも入院期間中の夜でした。何が辛いかって? 隣の部屋から聞こえてくる幸せそうな声です。午前中は、授乳の確認だったり、沐浴の指導だったり、病院内のスケジュールがあったので気を紛らわせることができました。午後からは、友人が遊びに来てくれるので楽しく過ごせました。問題は夜になってから。隣から聞こえるのは仕事帰りで疲れているはずなのにほぼ毎日病院に通い詰め、嬉しそうにしているパパの声。そして、ときおり聞こえる赤ちゃんの泣き声とママの優しい声。上原が理想としていた音が聞こえてくる。テレビの音を少し大きくしてみても、トイレに籠ってみても、そんなのは無駄な抵抗でしかなかった。薄い壁の向こう側から聞こえる音が本当に苦しかった。上原の(元)夫が、病室を訪ねることはありません。

 「どうして私がこんな目に合わなきゃいけないの? でき婚じゃないし、結婚してるのに! アイツ(元夫)と結婚しなきゃよかった!」

 毎夜、負の感情が溢れてくるばかりで、泣きながらサラに電話していました。上原が出産した翌日から、サラは離島の親戚の家に行っていたので、「嫌だ! 戻って来て!」とは言えません(笑)。2日目で孤独に耐えられなくなり、娘ちゃんと一緒に寝ることに。上原が出産した病院は、「入院期間中に体力を蓄えた方がいいよ!」という方針だったので、希望しない限り母子同室ではなかったんです。でも、どんなに体力的にキツくなっても、“孤独”を味わい続けるよりは、ずっと良いと思いました。

 退院してからは祖母宅に住んでいたので、おばあちゃんもいるし、母も来るし、叔父夫婦も頻繁に来るし、弟は……なぜか住み着いていたし(笑)。夫は居ないけれど、家族はいました。

 そういえば産む前は赤ちゃんって泣いてばかりのイメージでした。でも娘ちゃんの場合、3時間おきに「ミルクくれ!」と泣く以外は、だいたい「あー」とか「くー」とか言っている赤ちゃんだったので、想像以上に楽でした(笑)。……赤ちゃんの時よりも、イヤイヤ期よりも、小学生の今が大変かもしれない。どんどん生意気になっていくし。

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上原由佳子

1988年生まれ。沖縄県在住。シングルマザー女子大生。女子力の欠片もなさを小学1年生の娘ちゃんから指摘される、どうしようもない系アラサー女子。

@yu756ka

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