連載

【厚木ネグレクト死事件】毎月十分な収入を得ていたのに、ライフライン復旧の支払いはしなかった

【この記事のキーワード】
育てられなかった親たち

Photo by Tom Reynolds from Flickr

 

 神奈川県厚木市のアパート一室で昨年5月、死後7年以上が経過したとみられる斎藤理玖(りく)くん(5=当時)の遺体が発見された事件で、殺人罪と詐欺罪に問われている父親の齋藤幸裕被告(37)の裁判員裁判が9月15日から横浜地裁(伊名波宏仁裁判長)で行われた。

【厚木ネグレクト死事件】5歳息子を放置死に至らせた、ひとり親家庭の父親~裁判員裁判を振り返る
【厚木ネグレクト死事件】自炊も掃除も金銭管理も役所手続きも不得手な父親の、破綻した育児

 9月24日に行われた被告人質問のリポートを続行する。若妻との間に長男をもうけ、新婚の3人暮らしが始まったが、それも3年で終わりを迎えた。妻が「買い物に行ってくる」と出かけたまま行方をくらましてしまったのだ。こうして理玖くんと斎藤被告との2人暮らしがスタートする。その実態は育児というよりもただ生存のために食物を与えているといったものだった。トラック運転手で稼ぎがないわけではなかったが、光熱費の支払をせず、ライフラインが止まった。また妻が出て行く時に持ち出していた健康保険証が思わぬトラブルを生んだ。

 被告は「自分も息子ももともと病気にかかったことはなかったんで、特に必要としていなかった」と、保険証を持ち出していたこと自体を問題視していなかったようだが、急いで取り返すべきだったのだ。妻はこの保険証を、“ホストクラブでツケ”にするときの“信用”および“身元証明”として使っていたのだという。

弁護人「それを使って奥さんはお金を借りていたんですか?」

齋藤被告「まあ……金っていうか……っていうか……ホストクラブの……肩代わりというか、そういう形で悪用……ホストクラブからおそらく会社の本部か、健保組合に連絡が行って、自分とこ、連絡来て発覚しました」

弁護人「いくら払えと?」

齋藤被告「40~50万円です。払いました」

弁護人「なぜホストクラブから、だと分かったんですか?」

齋藤被告「会社からそういう話を聞きました、電話して確認したらホスト(クラブ)を経営しているようでした」

 結局齋藤被告はその“妻のホストクラブでのツケ”を支払ったという。ほか、妻が行った眼科の治療費も肩代わりした。そんな妻は齋藤被告曰く、別居後も「何度か家に来た」ことがあるといい、その時「いずれお金を貯めて引っ越そうと」思っていることも話していたというが、結局、妻が息子を引き取りに来ることも、また3人で暮らす日が来ることもなかった。そういえば彼らは離婚届を提出してすらいないので、正確には別居状態だった、と言えるだろう。

弁護人「あなたにとって育児とは何だったと思いますか?」

齋藤被告「………」

弁護人「何をすることでしたか?」

齋藤被告「もちろん、きちんと食事を与えて風呂に入れたり遊んだりすることだと思います……」

弁護人「洗濯はしていました?」

齋藤被告「はい。水道が止まってからはコインランドリーで……止まるまでは家で」

弁護人「今思うと育児は大変でしたか?」

齋藤被告「……やっぱり、仕事と一緒にやること……大変だったと思います」

弁護人「手はかからなかった、という印象はある?」

齋藤被告「あります」

弁護人「でも結局理玖くんは死んでしまった。注意すべき問題点があったとは思いますか?」

齋藤被告「そうですね……やっぱり子供の状態をよく把握しておくべきだったと思います」

 と、今なら思うということだろう。被告は、電気も止まり、雨戸を閉め切った真っ暗な部屋で理玖くんと暮らしていた。もしかして、理玖くんの外見的な変化を把握するのが難しかったのではないか。しかし、この“部屋の暗さ”についても、齋藤被告は話を二転三転させている。あるときは「真っ暗で見えなかった」と言い、あるときは「暗くても見えた」などと言っているのだ。電気が点かないのに雨戸を閉め続けていたのが本当なら、月明かりや街灯の光すら入らず、部屋はどう考えても真っ暗だったことだろう。なぜ雨戸を閉め切っていたのだろうか?

1 2

[PR]
[PR]

messy新着記事一覧へ

教育虐待・教育ネグレクト 日本の教育システムと親が抱える問題 (光文社新書)