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【厚木ネグレクト死事件】弱っていく息子の異変に「気付かなかった」と言い張るのはなぜ

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育てられなかった親たち

Photo by Tom Reynolds from Flickr

 神奈川県厚木市のアパート一室で昨年5月、死後7年以上が経過したとみられる斎藤理玖(りく)くん(5=当時)の遺体が発見された事件で、殺人罪と詐欺罪に問われている父親の齋藤幸裕被告(37)の裁判員裁判が9月15日から横浜地裁(伊名波宏仁裁判長)で行われた。

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 9月24日に行われた被告人質問のリポートを続行する。妻が出て行き理玖くんと2人暮らしになった齋藤被告、公共料金を払わず部屋は真っ暗、水も出ない状態になる。被告が出かける際には理玖くんを部屋に置き去りにし、逃走防止のため、扉にはガムテープを貼って、雨戸も閉め切っていた。そんな生活の最中、齋藤被告には新しい彼女、Aさんが出来る。Aさんが勤務していたキャバクラに齋藤被告が来店したことから交際に発展した。

弁護人「どのくらいで男女関係になったんですか?」

齋藤被告「ま、1カ月かそんなもんじゃないスか」

弁護人「どこで?」

齋藤被告「ラブホテルがメインですね」

弁護人「どのくらいの頻度で?」

齋藤被告「……それは……時期は覚えてないです」

弁護人「理玖くんが死んだのはあなた、確認していますよね。死ぬ前、Aさんと知り合って理玖くんが死ぬまで、どのくらいの頻度でラブホテルに行きましたか?」

齋藤被告「週1~2回くらいですね」

弁護人「付き合い始めてからも?」

齋藤被告「だと思います」

弁護人「理玖くんが死んでからは?」

齋藤被告「もうちょっと回数は増えましたね。3回、4回とか、そのくらいだと思います」

 理玖くんが生きている時期の、Aさんと会う日の流れは、齋藤被告曰く『まず会社が終わって一旦家に帰り、Aさんと居酒屋かコンビニに行き、車でラブホへ。その後、朝に一旦家に戻り、出勤する』というものだった。理玖くんが亡くなってから、ラブホのペースが上がったのは、寝る場所がなかったから、だという。息子の遺体と同じ室内で寝たくなかったということだろうか。

 また、妻が家を出て2年が経った平成18年秋頃、理玖くんが死ぬまでは家に帰っていたと述べる。

弁護人「帰らなかった日は?」

齋藤被告「1日ぐらいはあったかもしれませんね」(1週間に1日なのか、全期間において1日なのかは判然としない)

弁護人「記憶ではそれ以外はほぼ帰ってました?」

齋藤被告「はい。夜は一緒に寝てました」

弁護人「理玖くんが生きている間にあなたは車で寝ていた記憶がありますか?」

齋藤被告「あります。昼も夜も両方。夜勤だったので昼間、うまく寝れないので仮眠を……」

弁護人「車で寝たのはなぜですか?」

齋藤被告「やっぱり仕事で疲れたりして、1人の時間がほしいとき……(車中で)一晩明かす日もあったと思います」

 1人になりたくてもなれないのは、育児中の親たちが等しく抱える悩みだ。ひとり親でなければ片方に「今夜は1人で寝たいから子供を頼む」と任せることも出来るが、しかし「今はしょうがない」と割り切って子供と眠る親も多いだろう。

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