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Family? CASE1「村のように賑やかな家」前編~娘Kさんの場合~

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(C)ふわふわのイス

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 結婚願望がなく、妊娠を機に未婚の母になる選択をした私。妊娠中に、なるべく多くの「多様な家族観」を知りたくて、友人知人を介してそうした価値観を持つ人たちを紹介してもらい、インタビューを実行しました。

 第一回は、東京都内のアパートで母・娘・息子の三人暮らしを送るT家の、娘Kさん、母Mさんに話を聞きました。前編では主に娘Kさんへのインタビュー部分をお届けします。(取材日:2013年9月)

どんどん人が集まってくる家

 芸大に通う友人に卒業制作のテーマを話してみたところ「紹介したい友達家族がいる」と言ってくれたのがキッカケでした。なんでも、そのお家はいつ行っても人が沢山いて、それがほとんど家の住人ではなく、小さな2DKの家なのに、ガヤガヤ賑やかな様子がまるで村のようなのだとか。

 T家の実態を構成するのは、シングルマザーのMさん(50代)と、娘のKさん(20代)と、歳の離れた弟Yくん(小学生)の三人家族。私の友人は、その娘さんと友達でした。

 インタビュー当日、T家にお邪魔させてもらったのですが、玄関の戸を開けた瞬間、噂に違わぬ“人がいっぱい居る”光景が広がっていました。決して広いワケではない8畳ほどのスペースに、5人ほどの大人たちがたむろして談笑しています。私は咄嗟に「これは、誰に挨拶(手土産を渡)したらいいんだ…?」と迷いました。しかもその時、母Mさんと弟Yくんは買い物に出かけていて不在、住人であるKさんはダイニングと扉一枚隔てた自室に入っていたので、私が玄関を開けて目にした5人は全員“お客さん”で、後にKさんの幼馴染であることが分かりました。要するに私が一番最初に入った部屋に“家の人”は居なかったことになります(笑)。

 そのお客さんたちが何をしていたかというと、皆ビール片手にタバコを吸ったりギターを弾いたり携帯をいじったりしながら、たまに喋っている……そのリラックスしていて自由な感じは、私がKさんやMさんにインタビューしている間も変わりませんでした。「あ、お邪魔でしょうから帰りますね」なんてこともない。むしろ、そこにいる人たちも会話(インタビュー)に参加してくれて、私自身、新鮮で楽しかったし、会話も弾み助かったので、幾らかはカットせずに残したままお届けします。

 まずは、この村のような賑やかな家で育った娘Kさんに、「こんな感じの家庭環境、どうですか?」と話を伺いました。彼女を紹介してくれた友人Tにも同席してもらったので、ちょこちょこ合いの手が入っています。

Kさんから見たT家のライフヒストリー

――Kさんは今、何歳ですか?

Kさん 24歳です。

――Kさんは“子供”の立場からの話ができる方だと思うので、自分が育った環境について、どう捉えているかを聞いてもいいですか?

Kさん はい。じゃあ生まれた時から話したらいいかな。産まれたときは普通の家、お父さんがいてお母さんがいて、お家も今のこの家じゃないけど多分いわゆる普通の形の家。両親が離婚したのが、私が小学校一年生の時。私は結構パパっ子だったんだけど、離婚する(父親と離れる)っていうのを聞いたとき、あまりショックではなかったと記憶してる。ちょっとそんな気はしてたというか、少し心の準備ができてた感じ。

友人T お父さんとお母さん、仲悪かったの?

Kさん いや、両親がケンカしてるとこは見たことなかったし、特別仲が悪いと思ったことはなかったけど、離婚するってなっても別に驚かなかった。こう言うと、少し不思議だね。

――パパっ子だった自覚があるのに、どうしてそんなに冷静に受け止められたのでしょう?

Kさん 母さんのことを、一人で生きていくタイプの女だなって思って見てたから。私も小1とは言え、女だから?(笑)、なんとなくそのへんを察してたのかも。母さんが男の人と暮らすの向いてない感じとかを。

――「向いてない」というのは、具体的にどういうところが?

Kさん その当時は具体的にそう思うようなエピソードとかはないんだけど、勘みたいなものかな。けど、私が高2の時、(この後の話に登場する)弟のお父さんが一軒家買って4人で住んだんだけど、そこに至るまでに母さんはもう彼と5・6年付き合ってて、それなのに一緒に住み始めた途端、しんどくなって1年で家出ちゃったから、あーやっぱ無理なんだなと思ったよ(笑)。

――なるほど。母の「向いてなさ」をなんとなく感じてたから、自然に受け入れられた、と。

Kさん うん。それに、私の父さんも離婚したからって別に遠くに住むってわけじゃなかったから。元の家に私と母さんが住み続けて、父さんはすぐ近くに引っ越してくれたんだよね。父さんも、一人娘の私のことはすごく可愛がってくれてたから、離婚後も週に一回は会ってたよ。基本は母さんと一緒に暮らして、週一で父さんとこ泊まりに行くっていう生活。でも、私が小学校5年か6年のときに父さんが再婚して、横浜に引っ越していった。それからは、今でもだけど年に1・2回会う程度。ちなみに今でも会ってるのは母さんには言ってない。これ(インタビュー)でバレちゃうけど(笑)。知ったら嫌がるってわけじゃないけど、ちょっと母さんの機嫌が悪くなる気がしてて、わざわざ言ってはいないの。

――離婚後、お母さんは再婚してないんですよね。

Kさん してない。私はずっと母さんと二人で暮らした。けど、母さんにはこれまで、私が小1のときに離婚して今24歳だから、17年の間に何人も彼氏がいて、その人と同居したことはある。父さんと別れてわりとすぐに10歳年下のアメリカ人男性と3年間一緒に住んだ。

――それは、3人暮らしってこと? 男の人と一緒に暮らすのが向いてないのに、そのときは3年も保ったんですね。

Kさん そう、3人暮らしはしばらくした。一緒に“暮らした”って感じだったのはその彼だけかも。あー、あとはその後の弟のお父さんかな。そのアメリカ人の彼と暮らしてた時は、私にしてみたら遊び相手がいつも家にいるっていう感じだったから、その彼が家にいるのはすごく嬉しかったね。けど、ある日突然そのアメリカ人の彼が出ていった。私が小4くらいの時。それから、次の彼氏はあんまり覚えてなくて、そのあとが、弟のお父さん。

――お母さんは妊娠がわかって、出産することにしたけど、再婚はしなかったんですね。

Kさん そう。私が小6だったとき、母さんにいきなり「K、あたしね、赤ちゃんができたの!」って嬉しそうに言われたんだけど、私まず第一声に「誰の子?」って聞いた。そしたら、まあその当時の母さんの彼氏(弟のお父さんとなる人)の子だと。私は二言目に「結婚するの?」って聞いたの。結婚したら、私の苗字も変わるじゃん? それが嫌だったから。そしたら母さん、「大丈夫よ、結婚は絶対にしないから!」って(笑)。それで私も「じゃあ大丈夫!」って丸く収まった。私が中学1年の時に弟が産まれて、何を思ったか、弟のお父さんが一軒家を買ったの。それで私と母さんと弟と弟のお父さんの4人でその家に住んだんだけど、さっき話した通り、結局住んだのは1年間だけだった。4人で一軒家に住む生活に、私も母さんもあんまり慣れることができなくて、1年で限界がきた。そうして、3人で今のこの2DKのアパートに引っ越してきました。弟のお父さんは今でも1人でその一軒家に住んでます(笑)。だから私は子供の頃から最初の家、新しい一軒家、今の家と引越しをしたけど、でもどの家も全部、近所だから、学校が変わったりはしなくて良かった。

――弟のお父さんは、わざわざ一軒家を買うなんて、お母さんと結婚して「家族」になりたかったのかも…と子供心にも分かったと思うけど、お母さんからそういう話はされなかったの?

Kさん 弟のお父さんが家を買ったのは、弟が生まれてから何年か後で、私が高1のときだった。だから、妊娠を知らされたときに母さんとした、「結婚するの?」「しないよ」「じゃあいいよ!」みたいなやり取りで、母さんは絶対結婚しないって信じてた、というか確信してたから、家を買ったときも特に心配はしなかったよ。のんきに、初めての“自分の部屋”に興奮して喜んでたくらい(笑)。でも、弟が生まれてからは、彼のご実家との付き合いも度々あったりして、彼は結婚したいんだろうなぁ、というのは私も感じてた。けど何も改まって母さんからそういう話をされたことはないの。

――Kさんは24歳までずっとお母さんと一緒に暮らしてきたの?

Kさん ううん、19歳で一度家を出て、今年の2月までずっと一人暮らしをしてました。高校生の時からバイトしてたライブハウスで5年間働いて、1人で生活をしてきたんだけど、ライブハウスでの仕事を辞めてカメラマンとしてやっていくことに決めて、この家に帰ってきた。

――写真は独学?

Kさん そう、独学。前から興味はあって、始めたのは20歳の時。ライブハウスでは受付とかバーとかでいわゆるバイトとして働いてて、バンドのライブとか見て「この人たち、すげー楽しそうだなぁ。私もそういう“やりたいこと”な仕事をしたい」って思ったのがキッカケ。やりたいことをやってる彼らを見て「私には何もないな」って思ったら、すごいムカついちゃって。お金は生活費以外に使うこと無くて貯まってたし、カメラを買ったの。それで最初は友達のバンドの写真を撮ったらすごいみんな褒めてくれて、続けてたら仕事になった。だから、よく分かんないまま今に至る。どこまで続くかなって感じ。とまぁ、ザックリ言うとこんな感じです、ここまでの私の人生!

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ヒラマツマユコ

1992年、広島生まれ。2014年、京都造形芸術大学卒。都内在住。
2013年に子供を産んだが、未婚。というか非婚?
中学時代、不登校・引きこもり・鬱などを経て、17歳で高卒認定を取得。貯めに貯めた充電を使い大学時代はフル稼働。今は美術関係の仕事をしている。

@itomushi

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