連載

秘書特集を組んどいて「美貌だけじゃない」と騒ぎ立てるお洒落オヤジ雑誌の「男らしさ」とは

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武田砂鉄

武田砂鉄/論男時評(月刊更新)

 本サイトを読まれる方が日頃手にすることがないであろうオヤジ雑誌群が、いかに「男のプライド」を増長し続けているかを、その時々の記事から引っ張り出して定点観測していく本連載。

 男のプライドを下半身に集中させるオヤジ雑誌たちのルーティーンが止まない。例えば『週刊現代』(12月8日発売号)では「60すぎて70すぎて、80すぎて90になっても『したい』」と宣言されている。こちらは彼らの「したい」を止める権限もなければ相手にしている暇もないのでご自由に、とは思うのだが、その特集「女性から見た『男のアソコ』と『性行動』」の煽り文句として、新聞広告に「『立った姿』は美しい」「入ってくる瞬間がたまらない」「早くても嬉しい、その征服感」と謳われるのは、毎度ながら困る。そんなに清々しいモーニングを迎えているわけでもないが、朝から、彼らの「したい」宣言に寄り添えるほどの優しさを持ち合わせていない。

 この手のオヤジ雑誌の、下半身への並々ならぬ探究心は今に始まったことではないし、毎週のように繰り返しているということは成果が出ていないということでもあるのだから、今週もご苦労様です、くらいの声かけが無難なのだろうか。

 今回議論したいのは、そういった露骨でベタついた探究心ではなく、お洒落なオジ様たちが読みふける雑誌にほとばしっている、女性の存在を古臭く活用した上で保たれる「男らしさ」についてである。いつまでも「したい」オジ様たちは、もはや相手は誰でも構わんとばかりに勇んでいるが、彼らと一線を画すとの自負を持つお洒落なオジ様たちは、そんな興奮を出すのは大人の男ではないと鼻で笑い、女性と生産的に戯れている佇まいを出す。その空気は丁寧に管理されているので、興奮が思わず露呈してしまうことはほとんどないのだが、このところ毎年のように雑誌『GOETHE』が組んでいる秘書特集を読むと、その辺りがうっかり漏れてしまっていることに気付く。

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『「今、成功するオトコたちには、必ず“強い秘書”がそばにいる」。優しく支えるだけではない、時にはボスを叱り、ひっぱっていく秘書こそが、経営者という孤独な仕事人の、羅針盤となる時代なのだ。』

「総力特集:秘書こそ、仕事の羅針盤」『GOETHE』2016年1月号

 結論から言えば、「秘書はキレイな子がいい、だって仕事する気になるじゃん!」という本音を宣言したほうが、よっぽど潔いのではないか。いわゆる美人秘書を沢山並べておいて、でも、彼女たちはその美貌だから私のそばにいるのではなくて、仕事が出来るからこのポジションなんですという、意識の伝達と共有の強要がなかなか面倒臭い。

 今年の秘書特集で表紙を飾ったのはNMB48/AKB48の山本彩だが、誌面では胸のおおよそが出ているような黒いワンピースを着て、書類や手帳を階段で落としてしまい座り込む写真を載せている。「華奢なのにメリハリのあるボディライン、濡れたような瞳、透けるほど白い肌」という文章はグラビア誌のそれだが、「もしかしたら、天性の小悪魔!? こんな秘書が傍らにいたら、翻弄されてしまいそう!」と鼻の下をのばしっぱなし。中学生みたい。ちなみに、昨年の秘書特集で表紙を飾った深田恭子も、うっかり書類を落としてかがみ込む写真である。秘書、書類を落としすぎではないか。

 秘書特集は、気鋭の社長を支える秘書を紹介した後で、「華麗なる秘書」コーナーへと続く。そのキャプションは「手の上で転がされたい!?」である。徐々に、『週刊現代』の「早くても嬉しい、その征服感」に近付いてきた。その秘書達に向けられるいくつかの質問には「これまでで一番つらかった失恋のエピソードは?」といった、クラシックなセクハラオヤジの口癖「おやおや、○○ちゃん、彼氏さんとうまくいってないのかなぁ?」のニュアンスを変えただけの質問も。「好きな入浴剤は?」や「男性に連れて行ってもらって嬉しかった場所は?」という問いから、彼女たちが「仕事人の羅針盤」であることを感知させるのはなかなか難しいのだが、デキる男ならば、好きな入浴剤を「SABONのローズの香りのバスソルトが大好きです♡」と答え、連れて行ってもらって嬉しかったのは「ひまわり畑、菜の花畑」と答える秘書達から、並々ならぬ才能を感知出来るのだろうか。私には、「キレイな人たちだな」という情報しか入ってこなかったのだが、それだけではないと見定める洞察力がそちらにあるならば、なぜ「手の上で転がされたい!?」なのだろう。

 特集を締めくくるのは、武井壮が、昨年の秘書特集で「読者・編集部からも爆発的人気を博した」秘書とデートに行くという記事。「初の秘書デート体験」とは、もはや仕事がどうだこうだという文脈は皆無だ。いや、皆無ではない。自分の役割を察知した秘書から「デートプランが完璧な男性が現れたら、秘書の女性は素で感動すると思います。普段手配して差し上げることは多くても、逆はほとんどないので」と、秘書っぽさを混ぜ込んだ返答。想定されている役割を察知して、適当な言葉を置いていくのは秘書の確かな才能かもしれない。記事の端々で、経営者からの、彼女がいなくては仕事が成り立たない方面の発言が挟み込まれるものの、結局、特集は、堂々と容姿に集約していく。彼女たちが羅針盤ではなくお人形さんに思えてしまうのは、こちらの羅針盤が狂っているからなのだろうか。実際に秘書として働いていらっしゃる女性たちがどう思われるのかを知りたい。

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『女の子ってどうして、ちっちゃい頃からおませなんでしょうね~』

「まだ恋もうまれる!?やんちゃテーブル」『MADURO』2016年1月号

 「ちょいワルおやじ」なる言葉を生んだ『LEON』は、秘書の才覚がどうのなんて問わずに、シンプルに目的を果たす為に女性をシャレたバーに連れ込む雑誌だったが、その名物編集長が『LEON』を抜け出て手掛けている雑誌が『MADURO』である。

 そのテンションは、本家をそのまま受け継いでいる。雑誌のスローガンは「いくつになってもブツ欲ジジイ」。「90になっても『したい』」を前にした後では、もはやおとなしくさえ感じられるスローガンだが、「あわよくば」感は露骨なままである。

 連載コーナー「まだ恋もうまれる!?やんちゃテーブル」では、上海蟹すらも男女の関係に置き換えられる。上海蟹は9月下旬からメスがおいしくなり、オスがおいしくなるのは11月頃からなのだという。この事実を前に「男はいくつになっても女性の後追い」「先にオトナになる女を追いかけ続ける人生」との理解に到る。秘書だけではなく、上海蟹も男の生き様を示してくれる羅針盤だったのか。

 この雑誌ではなにかと「成熟男子」という言葉が使われている。この秋のドラマに、アラフォー女性の共感を得ようと露骨な設定とセリフ回しで押し切る『オトナ女子』があるが、成熟男子とオトナ女子は、言葉として見事に対応している。対応している以上、やんちゃにならずに、建設的な話し合いで結びついて欲しいものだが、そんな提案はオトナの恋を知らない30代前半の戯言、旨味が出る前の上海蟹にすぎないのだろう。

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『自分はいま、男らしさを貫く偉人たちの若かりし時代を目撃しているのではないかと想えてくる』

「男の世界」『Free&Easy』2016年1月号

 ところでこの連載も読んでくださっている何人かから、イベント等で話しかけられ、砂鉄さんって女性だと思っていたんです、と驚かれたのだが、単なるむさ苦しい男である。世の中のあらゆることが、やっぱり「男らしさ」重視で動いていくことに苛立ちを感じるのは圧倒的に女性が多いのだろうけども、男は男で、自信満々に稼働する「男らしさ」を煙たがるのである。

 とにかく、なぜそんなに「男」であることだけを理由に、立派を気取れるのだろうか。私は冷たくあしらうことが多い。そのまんまの特集タイトル「男の世界」を掲げた『Free&Easy』を手にとった。特集のイントロ文は挑発的だ。

「うわべだけで男らしさを表現する雑誌は巨万(ごまん)とある」
「しかし、中身を開くと大概はスカスカで、ハズレに終わってしまう」

 その後、イントロ文はなぜかインターネットで「男らしい生き方」を検索するという内容に移るのだが、その行為自体、「男らしさを失墜している。自戒し、寒風の通りへ出てみる」と続く。結果的に、建築現場で見かけた、若い青年の話に。彼が母親に電話し、日本一の大工になって、母ちゃんを幸せにするから、まだ死ぬなよな、と大声で話していた。それを見た書き手は、「自分はいま、男らしさを貫く偉人たちの若かりし時代を目撃しているのではないかと想えてくる」という感想に至る。

 男らしさ、から始まるおおよそのものを煙たがってしまうこちらのジャッジが歪んでいることも確かなのだが、こうして提示される「男らしさ」って、あまりにも大雑把で自己心酔的ではないか。同系雑誌を牽制し、ネットで調べて呆れ、町へ出かける。それらを押し並べて「男らしさ」というフィルターで見渡してみるのは多いに結構な取り組みだが、見つからなかったり、あやふやだったりするならば、「今はちょっとまだ見つかってません」と正直に吐露する勇気を持てばいいのにな、と思う。母親思いの大工さんは立派だが、それは多分、男らしさを貫く偉人たちの若かりし時代ではない。

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 「男らしさ」を確定しなければいけないという呪縛を感じる。それは、「90になっても『したい』」という下半身のプライドにも感じるし、「成功するオトコたちには、必ず“強い秘書”がそばにいる」という仕事上での立ち位置にも感じるし、「男はいくつになっても女性の後追い」という上海蟹の形容にも感じる。

 そもそも男らしさについて共通項を設ける必要なんてあるのだろうかという疑いが増幅していく一方の自分には、この手の雑誌が男らしさをめぐって仮定と実践を繰り返していく取り組みのほとんどに理解が及ばない。つまり、羅針盤が無い。でも、会社を背負う孤独な仕事人ですら秘書という羅針盤を必要としているのだから、吹けば飛ぶ、吹かなくても消える個人事業主である一介のライターが羅針盤を持たなくって当然なのだろう。でも、その不安を「男らしさ」の調達で隠すようなことはしたくもない。こういう状態に甘んじることを「男らしさがない」と言うのだろうけれど、もう一向にそれで構わない。

backno.

武田砂鉄

ライター。1982年生まれ。東京都出身。大学卒業後、出版社勤務を経て、2014年秋よりフリー。著書に『紋切型社会──言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社、2015年、第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞)、『芸能人寛容論──テレビの中のわだかまり』がある。2016年、第9回(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞を受賞。「文學界」「Quick Japan」「SPA!」「VERY」「SPUR」「暮しの手帖」などで連載を持ち、インタヴュー・書籍構成なども手がける。

@takedasatetsu

http://www.t-satetsu.com/

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