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「性欲」を支配したい性嫌悪と「生殖」に囚われた性嫌悪について

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(C)柴田英里

(C)柴田英里

 前回の記事で、最近の社会の性嫌悪傾向と、東京オリンピックに向けた都市のジェントリフィケーションは、社会の過剰クリーン化路線と関連していると述べましたが、今回は、最近の社会の性嫌悪傾向の根源について考察していこうと思います。

 まず初めに、最近の性嫌悪傾向の原因の一つとして、学校で児童たちが教わる性教育が、堅苦しく優等生的すぎることを考えから外すことはできません。学校で教える性教育は、「セックスとは、好きな異性と子供を作ることを目的とした時に行われるもの」を基準とした一元的なものであり、「人工妊娠中絶はもの凄く恐ろしいもの」「避妊……コンドームやピルをはじめいろいろなものがありますが……以下略。」「同性愛…………」というように、多くの若者が興味を持つであろう「子供を作ることを目的としないセックス」や、「異性以外に性的興味を持つこと」に関してお茶を濁してます。そのうえで「人工妊娠中絶や中絶が身体に与える負荷」に関しては、まるで恐ろしい罰のように語られます。

 例えば、2011年度の保健体育の教科書採択で98.3%の占有率であった大修館書店の高校生向け『保健体育教科書』に関するホームページ上のシラバスには、「若年層の人工妊娠中絶の話」として、「性行動が早期化している」「対処がわからず1人で悩んでいるうちに時間だけが経過した」「学生であるがゆえに産むことができなかった」「避妊や妊娠に関する自己認識の不足」などを挙げ、それを「学生自身に考させること」を指導の見本としています。

 ですが、「若年層の人工妊娠中絶」を語るとき、性教育について周りの大人が責任をもって教えたかどうかは不問にしたまま、“若者側の自己認識の不足”を理由とする(自己責任論に置き換える)のは、指導要綱としてあまりにも無責任ですし、教育者から生徒への責任転嫁です。この一部を切り取るだけでも、まるで、「性行為をする若者が悪い」と言いたいことがわかるでしょう。

 にもかかわらず、社会には依然として、「セックスができるやつは偉い」「リア充である」というような正反対の価値観が蔓延しています。教育的理想の性と、実社会における性の距離が遠すぎるのです。

 クリスマスに1人で過ごすことを表す、「クリボッチ」という単語が出来るくらいには、世の中は「性的なつがいであること」を歓迎し、そうでないものを「寂しい人間」と表したいようです。セックスをするのもしないのも個人の自由なのに、「セックス=誰もが気持ち良いもの」「セックスしない人=セックスしたくてもできない人」「いわゆる草食や、セックスできない人は格好悪い」というような思い込みが深く根付いているのではないでしょうか。

 性的な若者を罰するかのような自己責任論として性を捉える保健体育の教科書、そして教科書通りの指導を生徒たちが受けたとして。真面目にその価値観を守ろうとすれば性嫌悪になるのが一番手っ取り早い道ですし、「リア充」になるためには保健体育の教科書の価値観などあてにはできません。

 あくまで仮説ですが、ここで、「真面目な性嫌悪者/性知識をあまり持たないリア充」という対立概念の発生、同時に二極化が起こり、前者が後者を「悪い者」として扱い、後者が前者を「ダサい者」として扱う下地ができるのだと思います。

正しいセックスを嫌悪するがゆえの乱交

 次に、別の角度から最近の社会の過剰クリーン化と性嫌悪傾向について考えていきます。

 まず、言うまでもないことですが、「性嫌悪思考=社会の過剰クリーン化思想」とは限りません。

 例えば、世界的に有名なアーティストである草間彌生の作品の特筆すべき点の一つにも「性嫌悪」はあります。草間自身が、インタビューで「男根が怖い」「セックスが怖い」「性嫌悪である」と答えたり、自伝に記したりしています。

 彼女のソフトスカルプチュアには「男根」がモチーフであるものが数多くありますが、彼女は自伝の中でそれを「(男根を)作って作って、その表現の中に埋没していく。それが私のいうオブリタレイト、つまり『消滅』ということなのである」と解説しています。

 それに、草間彌生は、アメリカ時代には数多くの乱交パーティーを主催したことでセンセーションを巻き起こした作家で、胸や局部部分に穴があいた「乱交ドレス」という作品まで残しています。

 草間が自らを「性嫌悪」であるとしながら、「乱交パーティー」を何度も主催したというエピソードを、「理解できない」「自傷的ではないのか?」と受け取る読者は少なくないかもしれません。

 ですが、「乱交」という、性欲の中でもかなり規範的でないとされる部類のものを、主催(支配)することは、「自己消滅」だけでなく、他者の性欲そのものを支配してしまおうという欲望や、乱交という規範的でないとされる行為によって“規範”が何かを提示する行為であるとも考えられます。

 乱交がカウンターとなり得る“規範”は、父権的な“正しいセックス”としての「生殖」に他ならないのではないでしょうか。ゆえに、草間の「性嫌悪」は、「父権的な生殖嫌悪」と言い換えることが可能です。

 草間彌生は、「乱交パーティーを主催することで恐怖の対象(生殖)から逃走する」というタイプの性嫌悪であり、彼女の代表作の「水玉」のように、行為(ここでは、「乱交パーティーの開催」)を反復することによって、性の価値や権力を無価値なものに変容させていると考えることもできます。

 草間彌生の「性嫌悪=父権的な生殖嫌悪」は、同じ「性嫌悪」であっても、近年の社会の過剰クリーン化思想とは正反対です。

性欲の健全化と生殖管理

 前回この連載で取り上げた「おっぱい募金反対署名」のステイトメントや、「もし自分がエイズ患者だったら、こんなイベントで得たお金で助けて欲しくない」「醜悪」というような一部のコメントの示す性嫌悪からは、「良くないものは社会から無くならねばならない」という思想が透けて見えます。

 大量のペニスのソフトスカルプチュアを造ることや、乱交パーティーを主催することで「他者の性欲を支配し、恐怖の対象(生殖)から逃走する」と読める草間彌生の「性嫌悪」とは対照的に、「募金は本来、支援先に共感してお金を出してもらうものです。しかし来場者はおっぱいが揉みたくてお金を出しただけです」「エイズ対策のために真剣に戦っている世界中の人たちに対しても失礼」と、チャリティーイベントが娯楽性を持つことを否定し、性に真面目だと自分たちが思える人たち以外の活動を否定する「おっぱい募金反対署名」は、「性欲を健全化し、生殖を管理したい」というような欲望を孕んでいないでしょうか。

 「女性(マイノリティー)が傷つけられたり搾取されることを許してはならない」というのは、フェミニズム思想の核であり、原動力の一つです。ですが、その方法として「健全化」と「管理」のみを促すような「おっぱい募金反対署名」をはじめとした最近の社会の性嫌悪傾向からは、家庭的でない女性がヒステリーと診断され、同性愛が犯罪や病気とされるような、「社会の健全化と管理によってマイノリティーが取り締まられてきた歴史」がすっぽりと抜け落ちています。女性のための健全化と管理が、その他マイノリティーを差別し迫害することにつながる、その危うさを自覚し検討すべきだと私は思うのです。

 草間彌生のように、「生殖をどうでもよいものにする」のではなく、健全化と管理によってより良い生殖を作り上げることを目的とするかのような社会の性嫌悪傾向の根源には、何が潜むのか。そこにあるのは、共感による「痛み」の定型化と同調圧力です。

 今年の夏、男と女が恋愛なしで共闘し、支配から脱却するストーリーで大ヒットした映画『マッド・マックス 怒りのデスロード』は、多方面から賛辞を浴びました。しかしこの作品に、「恋愛」や「性欲」の関係性を読み込んだ田房永子さんや二村ヒトシさんの批評には、SNS上で非難が集中。このことは、いわば潔癖性的な同調圧力の誕生を象徴している、と私は読みました。

 社会の中で「女性(マイノリティー)が傷つけられたり搾取されることを許してはならない」という原動力が、「傷」や「痛み」として共感、共有され、そこにコミットできないものやその定型から外れるものは同士ではない。結果、排他的な思想を抱いてしまってはいないでしょうか。

 「性嫌悪」自体は個人の自由であり、性的指向の一つです。「共感」自体も悪いことではありません。ですが、それらが結びつき、共感による「痛み」の定型化が行われ、「健全化」と「管理」を理想とする同調圧力が生まれることは、「マイノリティーが取り締まられてきた歴史」の再生産にしかならないのではないでしょうか。

2016年2月19・20・21・27・28日 連続トークイベント『マイノリティー・アートポリティクス・アカデミー』開催!

【MAPA】
マイノリティー・アートポリティクス・アカデミー・アーカイヴプロジェクト

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柴田英里

現代美術作家、文筆家。彫刻史において蔑ろにされてきた装飾性と、彫刻身体の攪乱と拡張をメインテーマに活動しています。Book Newsサイトにて『ケンタッキー・フランケンシュタイン博士の戦闘美少女研究室』を不定期で連載中。好きな肉は牛と馬、好きなエナジードリンクはオロナミンCとレッドブルです。現在、様々なマイノリティーの為のアートイベント「マイノリティー・アートポリティクス・アカデミー(MAPA)」の映像・記録誌をつくるためにCAMPFIREにてクラウドファンディングを実施中。

@erishibata

「マイノリティー・アートポリティクス・アカデミー(MAPA)」

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