そんな話を聞いていたら、私にも突然記憶がよみがえった母乳案件がありました。
大学時代、バイト仲間だった地方出身のバンドマンと飲んでいたときのことです。おぼろげな記憶をたどると、そのときの話題は彼の「オレ、地元では有名だぜ自慢」だったと思うのですが、その流れから突然「自分は母乳だけで育ったから!」と誇らしげに語るのです。
当時の私には発言の意図が全くわからず「離乳食とか食べなかったのかな?」というトンチンカンな疑問を頭に浮かべつつ、へーそうなんだーと聞き流していましたが、今なら、彼が母親から〈母乳育児はいかに手間と愛情が詰まっているか。ミルク育ちとは出来が違うか〉という価値観を繰り返し刷り込まれた背景が、容易に想像つきます。
この例からもわかるように、母乳神話では母乳のすばらしさをアピールしたいがゆえに、直接的にも間接的にも、粉ミルク育児をディスるという困った面があります。〈粉ミルクは母親が楽をするためのもの〉という精神論的なものから(全然楽じゃないですが)、〈粉ミルクはストレスで赤ちゃんの髪が逆立つ〉〈発達障害やアレルギーは、粉ミルクと関係がある〉などのトンデモ系まで、根拠のない話もたくさん。
ところでこのような「母乳こそ正義!」な価値観ってどこから湧き出てくるんでしょう? 私は、嫁や母はできるだけ苦労すべきというトメトメしい感情を隠し持つ人や、母乳で育てている自分のほうが格上と思いたい、マウンティングからだろうなと思っていました。
現行の実践ガイドが母乳神話を後押し
ところがなんと、日本助産師会が現在発表している実践ガイド「赤ちゃんとお母さんに優しい母乳育児支援(母乳育児支援業務基準検討特別委員会)」にも、その価値観を後押しするような情報が掲載されているではありませんか。
この実践ガイドは、母乳育児を支援する助産師と、支援を受けるお母さんが同じ情報を共有するために、実践の場で役立つガイドとして考案されたものだとか。中にはカンガルーケアの注意点やK2シロップの必要性など、なくてはならない情報も掲載されているものの、こりゃちょっとどうなのよ的ポイントがザックザク。まずはしょっぱなからズコーとなったのが、「母乳育児相談や出張ケアの場合には次のような工夫ができるでしょう」という項目の前フリ。
「お母さまと赤ちゃんがキラキラ輝いて、母乳育児をラクに楽しく行えるよう、母乳育児成功のための10か条WHOコード※を尊重してお手伝いしています」 ※WHOコード=世界保健機構(WHO)とユニセフによる、母乳代用品の販売流通に関する国際基準。日本においては、法制化はされていない。
デター。キラキラ輝くって具体的にどんな授乳! こういうポエムな表現、医療と関わる人たちが使うの、やめませんかね? さて、軽いジャブをかまされたその後も、凄かったです。続いて「母乳育児の利点」というパートでは、こんな項目を発見。
ざっくりとした利点の羅列
・母子のきずな形成に役立つ
→これを母乳のメリットとして特筆されると、粉ミルクではきずなが薄くなるとでも言いたいのかと勘繰りたくなります。
・赤ちゃんに必要なすべての栄養が含まれている
→母乳にしか含まれていない成分が存在するのは確かですが、〈赤ちゃんに必要な栄養〉は粉ミルクでも摂取できます。
・置換栄養を与えることのリスクを、赤ちゃんに与えなくてすむ
→どんなリスクかを明記していないので、これは卑怯。わずかなリスクを多大なものであるように思わせてしまい、巷のアレルギーや突然死症候群の確率が高くなるなどの粉ミルクヘイトを煽るような言い方です。
・ごみが出ず環境にやさしい、災害時に特別な支援物品がなくてす
→ひ、ひでえ(白目)。「皆母乳だったら必要ないのに、粉ミルクの物資は迷惑」っていっているようなものじゃないですか。災害時は必ずしもお母さんと赤ちゃんが一緒にいられるとは限らないので、粉ミルクを必要とする赤ちゃんは、必ず出てくると思いますが。
さらに「哺乳瓶や人工乳首は、感染の原因になる」ともあり、育児用品のど定番である、消毒アイテムの存在は無視? しかも、「こういうことをすると菌が繁殖するから注意しましょう」ではなく、この一文のみ。まるで、哺乳瓶を使ったらハイ感染! みたいな印象です。