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ハーフタレントの先駆者だったこずえ鈴の華麗な引き際

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こずえ鈴

(フリーディアInstagramより)

 元アイドルタレントのこずえ鈴が、昨年のクリスマスイブにアメリカで第一子を出産した。こずえは、2006年に本名のフリーディアに改名。さらにアメリカに渡り、映像クリエイターの男性と結婚し、自身もファッションデザイナーとして活躍している。

 こずえは日本人の父とブラジル人の母を持ち、はっきりとした顔立ち、独特のアニメ声、明るいキャラクターで知られた。いわばバラエティ対応型ハーフタレントのさきがけというべき存在である。

「彼女が活躍していたのは1990年代後半から、2000年代の前半にかけてです。現在のようにハーフタレントが乱立して、インフレ状態となる前ですし、かわいいルックスもあいまってアイドル的な人気を誇っていましたね」(放送作家)

 だが、2003年に留学を名目に芸能活動を休止。2001年にはパンクバンドも結成しており、音楽志向もあったのだろうか。その後も日本に戻らずアメリカを拠点に活動している。こずえはもともと、13歳まではアメリカに滞在しており、英語力も問題ない。それゆえ、あっさりと日本の芸能界に見切りをつけたとも言える。

「元日放送の『ワイドナショーSP』(フジテレビ系)で、社会学者の古市憲寿さんが『ハーフは劣化が早い』と失言して批判を浴びていますが、欧米系のハーフタレントはアジア人と比べて加齢にともなう激太りや劣化を指摘されることが多く繰り返されてきたのも事実。その点で言えば、彼女が活躍していた期間は5年ほどですから、視聴者のイメージは美少女のままです。だらだらと芸能界にとどまらずに、デザイナーに転身したのは、理想的なコースかもしれません。英語を操れたのも大きいでしょう。ウエンツ瑛士のように英語がしゃべれないハーフタレントも多いですから」(放送作家)

 こずえ引退後の芸能界にはハーフタレントが群雄割拠する“戦国時代”が到来する。ローラやベッキーをはじめ“明るく元気”なキャラの立った人間や、トリンドル玲奈やマギーなどスタイルの良いモデル出身のハーフタレントの台頭を前に、こずえが生き残れたかといえば疑問符がつく。やはり、活躍、引退の時期ともにベストなタイミングであったといえる。

(文=平田宏利)

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