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五郎丸歩を古き良き「日本男子」として持ち上げる力技について

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武田砂鉄

武田砂鉄/論男時評(月刊更新)

 本サイトを読まれる方が日頃手にすることがないであろうオヤジ雑誌群が、いかに「男のプライド」を増長し続けているかを、その時々の記事から引っ張り出して定点観測していく本連載。

 年始早々、知り合いの女性編集者が憤っている。年末に田舎へ帰り、この時期に必ず放送されている戦力外通告された野球選手を追うドキュメンタリーを母娘で見ることに。クビを切られ、お金の心配をする選手の家族を見て、テレビの前で「じゃあ、妻が働けばいいのに」と呟くと、保守的な家族観を持つ母親と言い争いに発展としたという。彼女が言う。

「去年、澤穂希選手が結婚すると、マスコミはすぐさま、レスリングの吉田沙保里選手のところへ行って、『先越されましたね〜』とか言ったでしょ。彼女たちの扱い、ヒドすぎ。活躍している女性アスリート全般に言えることだけど、『結婚したら引退して旦那さんに美味しいごはんを作ってあげるんでしょ?』って感じで迫っていくのが許せない」

 スポーツは性差がクラシックに残っている。あらゆるスポーツで、「女性なのに頑張っている」という視線は消えない。その一方で、男らしさはスポーツを使って清々しいまでに盛りに盛られて伝えられていく。最近で言えば、やっぱりラグビー・五郎丸歩だろう。いつの間にやら日本男子の象徴的存在だ。彼がワールドカップ中に記していた日記を中心に構成された小松成美『五郎丸日記』(実業之日本社)を読むと、彼が「日本」という国を、ただただとてつもなく愛していることが分かる。試合の模様を記すたびに「国歌を聞き涙できる日が来るなんて思ってもいなかった。国を背負い涙を流せる日が来るなんて本当に幸せだ」「国歌が流れ歌い始める。(中略)涙が止まらない。それほど幸せな時を過ごしているのだろう」といった記載を重ねていく。

 とはいえ、自分自身を高めるための言葉を繰り返してくる彼自身が、日本の男はかくあるべしと何がしかの提言をしてくるわけではない。彼の言葉を、衰退しつつある日本人としての自信を鼓舞するべく自由気ままに利用しているだけである。帰国後のテレビのインタビューで彼が「(好きな女性のタイプは)一歩も二歩も下がった女性」と答えていたことが話題となり、ああこれは、使っていないタンスから引っぱり出したような古き良き「日本男子」論が、五郎丸という新たな存在にすがって一斉に放流されるのではないかと警戒していたら、やっぱり見かけることとなった。

「よい手本は五郎丸。日本男子は早く結婚して男らしい自分を子供に見せるのが大事で、それが日本の深い心の継承になるのである。日本万歳!」

日下公人(評論家)/『WiLL』(2016年2月号)

 五郎丸は20代前半で結婚し、2人の子供がいる。「五郎丸歩と日本人の深い心」と題した日下公人氏の記事によれば、「ずいぶん早婚だね」と訊かれた五郎丸は「自分がラグビーで活躍しているところを子供に見せたいからね」と答えたという。そのように言ったのは、ラグビー選手の競技者人生が他のスポーツと比べても決して長くないからに違いないが、日下の理解では「タテに繋がる親子の関係で結婚を考えている日本人がいた!とは新鮮な驚きである」「家族の情愛の世界という幸福はもう日本からは消えたかと思ったが、五郎丸には生きていた」と続く。論理が飛躍しているというか、脱線も甚だしいと思えるが、五郎丸が試合前の国歌斉唱で涙している様子などを記憶に留めているからこそ、こういった記載に繋げたのだろう。

 映画監督・井筒和幸がマツコ・デラックスとの対談で、五郎丸について「最初は意外とオモロいかなと思ったけど、口を開くたびに『日本のために』とか言いやがるのを聞いて冷めたわ。そんな北朝鮮のサッカー選手みたいなこと言うなよと思ったね」(アサ芸プラス)と正直すぎるコメントを残しているが、逆に言えば、口を開くたびに「日本のために」と言ってくれる選手を最大限に活用して、日本の若い男は脆弱すぎると罵る老兵たちが「日本男子の手本」として仕立てていくというわけ。

 LGBTの議論が盛んになれば「家族が壊れる」と顔をしかめ、夫婦別姓の議論が巻き起こっても「家族が壊れる」と顔をしかめていた人たちにとってみれば、家族制度をクラシックに差し戻してくれる存在にも見えたのだろう。日下は五郎丸の例から派生させて「タテに繋がる人間関係の見本は親子だが、親の存在を実感する子供は自尊心を持つだろう」としている。五郎丸の早婚が何度も使い回される。ところが、『五郎丸日記』を通読してみると、彼自身はこんなことを言っているのだった。

「次男は最近話すようになりましたが、僕のことを『ママ』と呼びます。次男と過ごした時間は本当に少ない。合宿で留守ばかりしているので、家で『パパ』と呼んだことがないんです。」
五郎丸歩/小松成美『五郎丸日記』(実業之日本社)

 あらま。あまりの忙しさのあまり、子供が親の存在を実感できていないらしい。日下はそんなんじゃダメだろう、と五郎丸を叱責するのだろうか。『AERA』(2015年12月28日・2016年1月4日合併号)のインタビューでは、次男の誕生を妻からのLINEで知らされ、「誰だ、これ?みたいな状況ですよ(笑)」とも語っている。

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武田砂鉄

ライター。1982年生まれ。東京都出身。大学卒業後、出版社勤務を経て、2014年秋よりフリー。著書に『紋切型社会──言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社、2015年、第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞)、『芸能人寛容論──テレビの中のわだかまり』がある。2016年、第9回(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞を受賞。「文學界」「Quick Japan」「SPA!」「VERY」「SPUR」「暮しの手帖」などで連載を持ち、インタヴュー・書籍構成なども手がける。

@takedasatetsu

http://www.t-satetsu.com/

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