さて、クリスマスイブを一人でどうやって過ごせばいいのか? という相談をしていました。頂いた回答を読んでいきます。
・クリスマスツリーも部屋の飾り付けもするし、ケーキも買って食べてます。そしてDVD観たり。
・鶏肉とケーキを食べる位で、とくに何もしないです。年賀状の作業もあるし、大掃除もあるし、それどころじゃない。奥山さんはシチューなど体の中から温かくなるものを食べるといいと思います。
鳥肉、ケーキ。なるほど。たしかに、誰かとイベントなど消化せずとも、食べものさえあれば一人でもクリスマスイブを楽しむことが出来るのかもしれません。
コンビニでフライドチキンとケーキを買って昼に食べました。久しぶりの高カロリー食に胸がときめきました。
完
……と、ここまで書いて原稿を送信したところ、担当編集者から「ふざけないでくださいよ?」とのメールが送られてきました。肉とケーキ食べた、おいしかった、では、どうやら僕は許されないようです。
それで結局僕はというと、クリスマスイブはバイトをしてました。バイトは、拍子抜けするくらい、のどかな仕事で、拘束時間が長いだけで実働時間は半分もありません。決まった休憩時間もないかわり、気が向いたときに公然とサボっていいことになっていました。暇なので抜け出して、繁華街をブラブラ歩きます。スヌードが欲しかったので、服屋をながして歩きます。クリスマスイブのアーケードは、やはりカップル、見渡す限りの糞カップルで、少しだけ心が痛みました。
この感じ、いつかどこかで経験したことがあるな。僕は軽いデジャヴを感じました。そしてすぐ、思い出しました。これは恋愛ゲームの、エロゲーの、バッドエンドだ!
大抵のゲームには幾つかの選択肢があって、それを適切に選んでいくと、目当ての女の子との恋が成就することになっています。昔のベタなゲームでは、クリスマスイブはちょっとした見せ場です。うまくいっていれば、今頃は好きな女の子と、この場所を歩いていたハズです。
でも、選択肢を間違えてしまうと、悲惨なことになります。最悪の場合殺されるか事故で死ぬし、そうでなくとも……そこでゲームは終わることになっています。
そうか、これはバッドエンドなんだ。たしかに、何一つうまくいってないもんなぁ。僕はすっかり納得しました。としたらもうすぐ僕は通り魔に刺されるか何かして死ぬんでしょう。
早くしてくれよ。
でも待てど暮らせど、一向に終わりはやってきません。どうやら、バグっているようです。そこで僕はリセットボタンを探しました。もう一度やり直して、今度こそ幸せなクリスマスイブを迎えたいからです。商業ビルの非常ボタンがそれでした。僕はそのボタンを強く押しました。
タイムスリップする無職
僕は高校生でした。やる気のない高校生でした。授業をサボり、遊んでばかりいる。何も積み上げず、努力をする癖も身につけず、弱い人間のまま成長した。だからミョンちゃんにもフラれたのです。そうに決まっています。真面目に勉強します。でも、すぐに虚しくなりました。目標がないからです。そこで、親の反対を押し切り、東京の大学を受験することにしました。無事に合格して、趣味の合う彼女も出来ました。これじゃダメだ、と僕は思いました。
やり直すポイントが早すぎたのです。ミョンちゃんに出会うところからスタートしなきゃ意味がありません。
「奥山くんは、将来何になりたいの?」
そうそう、ここが間違いの元でした。ちゃんと言うべきだったのです。「ニート」なんて言わずに。もっと色んなことを。自分の考えてることを。思ってることを。だって、ちゃんと言えてないことがまだ、今でもたくさんあるんだから。
なのに僕は言えません。言ったらどうにかなったのでしょうか? 別の未来があったのでしょうか? 結婚して仕事も辞めてなくて幸せな家庭なんか築いていたのでしょうか? というか、何を言えばいいのでしょうか? それとも言うべきことがあるなんて幻想で、そう思い込んでるだけで、本当は何もないのでしょうか? 僕は空っぽなんでしょうか……。
「でも私が韓国に帰る可能性もゼロではないじゃない? そしたらどうなるのかな? あなたは空港まで見送りに来てさ、さよならをするのかな? でもでも、あれって時間の無駄じゃない? なんの意味があるの?」
「そしたら、僕は君の手を引いて、空港からタクシーに乗るよ。それで高速道路をぐるぐる回り続けるんだ。いつまでも、いついつまでも、ぐるぐる回り続けて、だから君は飛行機に乗れない、どこにも行けない」
「……まぁ、次の日の便で帰るけどね」
つまんないこと言ってないでちゃんとしてよ、と夜の大学のベンチで、呆れ顔してミョンちゃんは言ったものでした。僕はいつも子供じみたことを言っていて、彼女を疲れさせました。
「会社に行けなくなった。だから、韓国に帰ることにしたの」
そう現実に言われたのは、去年の11月のことでした。僕はどこかで現実をナメていて、可能性としてはあり得ても、実際にそんな日が来るなんて思ってなかった。「行くなよ」って5秒以内に言わないと無効な言葉だし、「行って欲しくない」は似て非なる言葉だし、僕はそのときも何も言えずに押し黙るばかりでした。
「結局あなたは、私といても、幸せになれないよ。小説が書けなかったら、幸せじゃないんだよ」
そんなことない、と僕は言い切れません。
結局、僕は何もやり直せないのです。
ここまで書いて、僕の想像力は尽きてしまいました。
現実の関西空港
年明け正月、関西空港の到着口に現れたミョンちゃんは、やけにもこもこした赤のダウンを着ていました。そして大量の荷物を引きずっていました。
僕「なんか……アレみたいだな」
ミョンちゃん「爆買い中国人?」
デカいスーツケースを引き取って関西空港を歩きます。「その中にヨドバシで買った家電が詰め込まれてるのよ」と適当なことを言うミョンちゃんのあとについて、空港のラウンジに入ります。僕は空港のラウンジに入ったのは初めてでした。ラウンジ比叡。関西空港のラウンジには沈没した戦艦の名前がついています。
ミョンちゃん「お母さん、なんか言ってた?」
ミョンちゃんから送り返されてきたネックレスを渡したとき、何か言ってたような気がするけど忘れた、と彼女には伝えました。
「あなたの家から関空まで、どれくらいかかるの?」
「2時間半」
「ひょえー、エッセイ書くネタづくりのためじゃなかったら絶対会いに来てないよね?」
何言ってんだこいつ、と思う。「今も、私のことどうやって書いてやろうかって、それだけしか考えてないでしょ? 知ってるから」それが本当だとしたら、僕はすごく嫌な奴です。でも、嫌な奴なのかもしれません。自信がない。自分がマトモだ、っていう自信がない。ダメだと思う。かなり。
日本の荷物を引き払い、病気だというのに、南半球に語学留学しに行くというミョンちゃんは、途中で関西空港に寄って僕と会う時間を作ってくれたのでした。「韓国に帰るときは、バタバタしてて見送りに来させてあげられなかったからね」「うん」「向こうは夏だよ」肝心な話は何も出来ない。お互いに疲れていて気力がなく、何かシリアスな話をしようというモードにならないのです。「私って日本語下手になった?」ただ、いつの間にか、別れているということが既定の事実になっていることだけは確かでした。「ヒマだから全身脱毛してみたんだけどさ」僕はなんでフラれたのかも良くわかっていないので、それまで正直全く納得していなかったのですが、そのとき初めて、納得するなんて無理なんだと悟りました。事実を受け入れるしかない。「奥山くんって相変わらず、死んでるみたいだね」そんなことを言うミョンちゃんの顔色も優れません。
「体調が悪いと、人ってブスになるんだよ。ドラマに出てくる死にかけの女の子がかわいいなんて、あれはウソよ」
昔、野島伸司の『101回目のプロポーズ』で、
「僕は死にません
僕は死にません
あなたが好きだから
僕は死にません」
という有名な台詞があったけど、ところで僕は生きてるんだろうか。もう死んでるんじゃないだろうか。そんなことをふっと思います。たまにいつも思います。僕は死後の世界で、生前の自分の人生を映画でも見るみたいに眺めてる。それは、既に起きた出来事を記録した動画だから、僕は指をくわえて見ていることしか出来ない。そこに自由意志は介在せず、全ては決定論的に進み、僕は何も変えられない。でも人生なんてそんなものじゃないですか? 人間に自由な意志があるなんて幻想で、全てはあらかじめ決まった条件を元に推移しているだけ。なるようにしかならない。恋も別れも死もあらかじめプログラムされている。原理的に、別れないカップルなんてこの世に存在しない。何事もそんなもんじゃないですか? 頑張ったら変えられる、そんな簡単な話じゃないでしょう。
僕の言うことがおかしいなら、誰か反駁してみて下さいよ。
「好きも嫌いも全部燃え尽きて、私、もう何も残ってないよ」
ラウンジを出てカウンターでチェックインを済ませ、荷物を預けます。「お二人ともご搭乗ですか?」「いいえ」彼女のスーツケースは僕の手元から離れ、fragile、と書かれた青いプラスチックのカゴに乗せられて、ベルトコンベアーに運ばれていきます。
「ねぇ奥山くん、わかってる? もう、次いつ会えるかわからないんだよ」搭乗口に並ぶ彼女を見送りながら、どこで間違えたんだろう、と思いました。「韓国で、結婚するよ」でも、間違えなければ、うまくいったのでしょうか。そんな恋愛が、この世に存在するんでしょうか?
「好きだよ、ミョンちゃん」
僕は彼女の髪を撫でるように軽くさわりました。
「また会おうね、奥山くん」
ミョンちゃんは僕を見ました。だから僕も見返しました。誰が何を言っても、彼女の顔は美しい、と僕は思いました。
空港の外に出ると、すっかり暗くなっていました。担当編集者からの「編集長が、奥山さんのセフレの話読んでみたいってさ」というLINEと、その当のセフレから「会おうよ」というLINEが来ていました。タクシーが並んでいます。吐く息は白に変わり、僕は大学の夜のベンチを思い出しました。書くネタねぇ、と僕はひとりごちます。「会えません」と僕はそれだけ返信しました。
fragile
また僕は時間をさかのぼりました。半年ほど前の、伊豆旅行のときのことです。あのときは、こんなことになるなんて思ってもみなかった。人間の環境なんて関係性なんて、あっという間に変わっていくものです。
深夜、僕たちは道に迷い、見渡す限り草がぼうぼうに生い茂る山道を歩いていました。ふと、この連載のことが話題になりました。
「きっと、『無職アラサー男性の人生相談』は映画化するぜ。書籍化されて、印税が凄いぜ」
「すごいね。でも、きっとなるよ。ちゃんと、なってね」
「監督は大根仁で、主演は……松田龍平だよ!」
「バカじゃないの?」
ミョンちゃんはふっと笑いました。どこを歩いているかもいまいちわからないまま、暗いトンネルに入りました。中は涼しい緑の匂いがしました。いよいよ、何も見えなくなり、僕たちは殆ど、声だけになりました。
「でもさ」
ミョンちゃんの声は、でも、不安そうに揺れていました。
「その映画、ラスト、どうなるのかな?」
僕は震えました。怖くて怖くてしょうがない、そう思いました。未来は不確かで薄暗く、すぐに手の内から零れていく粉のように感じられました。歩くうちに闇に目が慣れたのか、彼女の顔が見えました。数瞬、沈黙が流れます。
「そんなの……ハッピーエンドに決まってんだろ」
彼女の顔がだんだんと近づいてきます。僕はそのとき、トンネルの向こうの、かすかな明かりを見ていました。