連載

バイブフォビアを公言する男って、自分の無知と偏見が恥ずかしくないの?

【この記事のキーワード】
[PR]
[PR]
momoco127

顔にこう書いてあるも同然だよ? Photo by Laura Lewis from Flickr

 私がバイブレーターの収集をはじめてから8年近く。ラブグッズを取り巻く環境はずいぶん変わりましたが、ラブグッズの使用はまだまだ〈特別〉です。誰もがする当然の行為であれば、雑誌のセックス特集で「おもちゃって使ったことある?」というアンケート項目はないはずです。「セックスのとき挿入ってする?」という項目はありませんものね。

 たしかにラブグッズがあろうがなかろうが、セックスもオナニーも成立します。だからこそ、グッズを取り入れた行為は特別なのです。英語にすると、スペシャル。快感をランクアップしたり、コミュニケーションを濃密にするために使うスペシャルな道具、というほうがニュアンスが伝わるでしょうか。でも、〈特殊〉な行為ではありません。どうせするなら気持ちいいほうがいい、というのはごく自然な感情です。人間は道具を創り、それによって生活を向上してきました。そこにあるものを「なくてもいいから、使わない」で留まるのか、「もっとよくなるために、使う」かは個人の判断ですが、後者がいなければ文明は発展しなかったでしょう。

 とはいえ、道具を使う人/使わない人がそれぞれ自分の判断を信じ、かつ互いの判断を尊重すればいいのですが、困るのは「理解できないし、使いこなすこともできない。だから使っている人を否定する」という人種です。

 先日、「スマホゲームとアダルトグッズは創造性を欠如させる原因に」を読みました。グッズ愛好家としてはこのタイトルを見た瞬間にカチンときて……ということはありません、むしろ「またか……」と嘆息しました。いるんだよね~、こういうバイブフォビアの男。

バイブを嫌い、恐怖する男たち

 バイブをはじめとするラブグッズ、およびそれを使用する女性を頭ごなしに否定することを、私は〈バイブフォビア〉と名づけました。フォビアとは、ホモフォビア(同性愛嫌悪)、ゼノフォビア(外国人嫌悪)のように使われますが、病的な嫌悪や恐怖をあらわす後置詞です。深刻なフォビアや社会問題になっているフォビアもあるので、軽々しく使うべきではない……とも考えたのですが、このフォビアもほかの嫌悪と同様に〈無知〉〈誤解〉〈偏見〉に根ざしたものなので、こう名づけても的外れではないでしょう。

 同コラムのなかでは、次のような論が展開されています。

・人間のエロスは創造性があるから燃えるわけで、女性ならオモチャを使わずに、手ごねハンバーグよろしく、自分の手でおいじりなさるがよろしい。

・手でやるってことは、みだらな妄想を抱くわけで、それが人間のクリエイティブ性を生み出すってもんでしょう。

 道具を使うことぐらいで阻害される貧しい想像力、クリエイティビティの持ち主ならでは発想ですね。ご自身がそうだからといって、なぜ他人もそうだと思うのでしょう? それとも、これってmessyの「スピリチュアル百鬼夜行」でツッコまれているような、「粉ミルクはだめ、母乳じゃないと!」「紙ナプキンはだめ、布ナプキンじゃないと!」的な、根拠レスの自然志向なんでしょうか?

・おもちゃを使っている女性は、反応はいいけど、恥じらいとか、エロい雰囲気とかに欠けていると思う。例えばの例で恐縮だが、「どこ、気持ちいいんだ~」とか聞いても、オモチャ派はダンマリか、開き直って「○ま○こ」とか軽く言うし。

 えーっと、この方はそんな女性たちと何人会ったことがあるのでしょうか? 200本超のバイブを所有する私ですが、女性器をその呼称で呼ぶのは好みません。それをいうことがエロスだとも思わないし、逆に口にしないことで奥ゆかしさが演出されるとも思っていません。男性からどう思われるかはどーでもよく、ただ好まないから口にしない。けれど、グッズの使用有無と羞恥心とのあいだに相関関係が本当にあるのだとしたら、それはそれでたいへん面白いデータですね。ご自身の貧しい性体験のみで語るのではなく、相応な数のサンプルをとったうえで、世に発表していただきたいです。

1 2

コメントを残す

関連記事
最新記事

messy新着記事一覧へ

官能教育 私たちは愛とセックスをいかに教えられてきたか (幻冬舎新書)