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「伝統的家族」って何? 恨みと愛で混濁した祖父と母と私の関係

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Photo by www.GlynLowe.com from Flickr

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「家族は大事にしないとね」「親は尊敬しないといけない」

友達からそんなことを言われるたびに、私は「そうだね~!」と作り笑顔を浮かべ同調するフリをしながら、自分の動悸が少し速くなるのを感じる。まっすぐな言葉に共感できない自分に、後ろめたさを感じてしまうからだろうか。共感できないのに同調するフリをしてしまうのは、友達の「家族を大事にするべき」という考えがきっと彼女の支えの一部になっていて、私にはそれを壊す権利なんてないって思うから。

同時に、「家庭に満足している友人」と「家庭にコンプレックスを持つ私」という構図が頭の名に浮かび、両者の間に引かれる境界線を意識する。「他の家庭も自分のところと同じように温かいだろう」と無邪気に思い込んでいる友人に、私の家庭の話を説明しても、どうせ分かってくれないだろうと思ってしまう。人は、見たことのないものを言葉で説明されても、根本的には理解できない。

こんな風に書きながらも、私はなんだかんだ親に感謝しているし、尊敬もしている。でも、同時に恨んでいる面もある。一言で「好き」とも言えないし、「嫌い」とも言えない。

共依存だった母と私

私が幼児だった頃から大学生時代まで、私と母は共依存的な関係を築いてきたように思う。私は母に親としての愛情を求め、母は私に「理解者」という役割を求めてきた。こういう風に書くとなんだか美しい母娘関係のようだが、母のそうした要求は、私の「母の言葉を否定する考え」を無言で抑圧していた。23歳になった今、そんな抑圧されてきた気持ちが爆発して、私は今、こんな記事を書いているのかもしれない。

母は私が幼稚園生だった頃から高校生になるまで、たびたび父や祖父に関するエピソードを語ってきた。主に、“本当は父と結婚したくなかったが、祖父に「早く家を出ていけ」と言われ仕方なく結婚した”という話を。幼稚園生だった私は、大好きだった父や祖父を否定され悲しい気持ちになりながらも、母の前では泣いてはいけないような気がして、「そうなんだね」と冷静な表情をしながら相槌を打っていた。

自分が小さい頃から、母と祖父の仲が良くないことには気づいていた。私自身は母とも祖父とも良い関係を築いていたので、子どもながらに2人の間に流れるピリピリとした空気が、不思議だった。

そんな疑問は、私が高校生のときに解決する。

私が高校生になりだんだん祖父母の家を訪れなくなっていた時期に、祖父は心臓発作で亡くなった。突然死で、お別れの言葉も何も言えなかった。祖父を喪ったことも悲しかったが、何よりももっと祖父に会っておけば良かったという後悔から、私はひたすら泣いた。

そんな状態の私に、母は突然、祖父の生い立ちや、祖父と母の関係について語りだした。

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