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家族か個人か 戦後の家族制度を決めた、家制度の撤廃と「紙不足」の言い訳

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二宮周平『新版 戸籍と人権 』(解放出版社)

二宮周平『新版 戸籍と人権 』(解放出版社)

「GHQ (連合国軍総司令部)は司法省との会談の中で、徹底するとすれば、各人ごとに戸籍を作るほかはないが、そこまでしないのならば、なるべく「家」の名残りを払底して誤解を招かないようにしておくべきだと主張し、戸籍を個人個人について作製してはどうかと何度か質問しています。/しかし、司法省は、個人個人にすると紙や手数がかかる、経済力が回復すれば1人戸籍にしたいのだが、現在ではむずかしいと言い訳をしました。」

こんな一節が、戸籍について扱ったある本の中に出てくる(二宮周平『新版 戸籍と人権』)。「司法省」? 「『家』」? 「紙や手数がかかる」? 「1人戸籍」? 「言い訳」? それぞれ説明が必要だろう。

これは、第二次大戦後、占領期の日本での話である。描写されているのは、GHQと日本の司法省(1948年まで存在した)の間で行われていた会談での発言。会談の議題は、戸籍法改正だった。司法省が作った戸籍法草案に対してGHQがコメントし、それにまた司法省が答えている。

「個人個人にする」「1人戸籍」というのは、戸籍の単位の話だ。

戸籍を編製する単位を意識したことがあるだろうか? 編製とは、戸籍などを新たに作ることで、その単位とは、一つの戸籍に誰を含めてまとめるか、という話になる。現在の戸籍法では、戸籍は家族単位での編製だ。この会談時の司法省の草案でも、家族単位の編製となっていた。

それに対しGHQは、その単位を「個人」、「1人」にしてはどうかと問うた。

このGHQによる指摘への司法省の返答が、将来的には「1人戸籍」にしたいと言いつつ、紙を調達する費用あるいは紙不足の状況、そしてかかる手間・人手を「言い訳」として、「現在ではむずかしい」というものだったわけだ。

違う形がありえた戸籍制度

そもそも、戸籍制度は何のためにあるのか。戸籍制度が果たしている機能は何なのか。

戸籍は、身分登録制度である。人々が、自分に関わる事実(氏名、生年月日、家族の関係など)を登録しておき、社会生活を送る中で、それらの事実を証明する必要があるときに、この制度を用いる。具体的には、市区町村の役所で、出生届や婚姻届等を出したり、戸籍謄本や戸籍抄本を取得するというように。

頻繁にあることではないにしても、そんな風に手にし、目にする戸籍が、今と違った形式でもありえた。個人単位の戸籍が検討されたことがあったというのは、そういうことだ。

一枚の紙の上にまとめられた内容が違うことで、社会や私たちの意識も変化したのだろうか。「言い訳」したにせよ、日本側も、将来的には「1人戸籍」を採用したい、と述べていたのである。

もちろん、これらは交渉中の発言に過ぎない。司法省、GHQの発言の背景にあった考え、思惑はどういうものだったのか。戸籍法改正過程について扱った和田幹彦氏の論文から、もう少し詳しく両者のやりとりを見てみよう。1947年の8月から11月にかけて行われた、複数回に渡る会談からのものである。

(以下、和田幹彦「戦後占領期の民法・戸籍法改正過程」から。[]内は和田氏による補足。また、司法省の会談相手はGHQ中の、具体的に言えば民政局=GSであり、和田氏もそちらで記述されているが、ここまでの流れに合わせてGHQとさせてもらった。黒字強調、および※の補足は筆者による)

GHQと司法省の、戸籍法案を巡るやりとり

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GHQ
「結局自分の意見は、戸籍を親子を単位として小さなものにすることであって、これは実行には色々困難はあろうが進歩的な制度だと思う。進歩的な制度は恐らく現在の実状には合わぬかも知れぬが、それが将来の為によいとすれば、それを作っておくことが必要だと思う」

「[…戸籍編製単位が]社会生活の実態に合うかどうか[…]徹底するとすれば、各人毎に戸籍を作る外はない。そこまでしないのならば、なるべく「家」の名残を払底[ママ]して誤解を招かないようにしておくべきである

「日本で今すぐこれ[カード式]を実施することは勿論むずかしいことだから、多少昔の制度に似た制度をとることはよかろう」 (※カード式というのは、個人別編製のこと)

司法省
日本でも経済力が回復すれば一人戸籍にしたいのだが、現在ではむずかしい

司法省
民法改正法案によって、『家』はなくなったそこで戸籍は一人一人別にして作るのが良かろうが、それは非常に手数がかかり面倒である。そこで[…]夫婦と子供とを一つのグループにしたまでで、の温存などは勿論考えていない

GHQ
「我々は新しいアイディアによって、夫婦と未婚の子と一つのグループにすることには反対しない」

(※その後、GHQ側は再度個人別編製を主張する。話は、戸籍を置く必要性へ疑念が呈されるところまでいった。その上で、次のようなやりとりになる。)

GHQ
「又存置するとしても個人個人の戸籍にしては如何」

司法省
「戸籍は家族員の身分関係を明にし、又、個人個人の登録から来る紙と労力を省くものである」

GHQ
「要するに一般人民が区役所又は市町村役場の戸籍係のみに行けば用が足り、又、そこですべての事(例えば裁判関係のこと)がわかるから存置理由があるのだろう。」

(※それでも話は収まらない。再々度の問いかけ。)

GHQ
「戸籍を個人個人について作成しては如何」

司法省
個人個人にすると紙や手数がかかる上、日本の番地は欧米流と異って時には一番地が一地域を包含する事がある為、その個人個人を帳簿に載せた場合、いろは順にならべる事は、英米流のアルファベット式の様に容易な事ではない」

GHQ
「諒解した」

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