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セックスにスピリチュアルな意味はいらない。まして母性はもっといらない

【この記事のキーワード】

 気、カルマ、エネルギー……などなど、スピリチュアル的なワードにセックスを結び付けられると、途端に腰が引けてしまいます。

 代々木忠著『つながるーセックスが愛に変わるために』(新潮社)は、AV界の生ける伝説的な存在となっている同氏が、制作現場で目の当たりにした物事から、日本人のセックス観、時代によるその変遷をあぶり出し、セックスの本質を問う1冊です。

 氏のAVはセックスを通して男女の人間性をえぐり出す実験的な作品が多いといわれ、そのために接してきた女性は5,000人以上。半世紀以上にわたって男女の性と対峙してきたうえでの洞察は、さすがの説得力を感じます。「ザ・面接シリーズ」では、男優・一徹さんのエピソードも盛りこまれ、SILK LABOでブレイク前の一徹さんを知らない者としては、たいへん興味深かったです。

 ただ、ところどころスピリチュアル的要素が入ってくるのが引っかかって、うまく読み進められないのです。イク=オーガズムは〈自分を明け渡すこと〉というのはわからなくもないのですが、物理的な刺激だけでもオーガムは可能です。私は、日々ラブグッズでオーガムを経験しています。それは自分で自分を明け渡す行為、といわれるかもしれませんね。たしかに、オーガムは一種の開放感をもたらします。でも、それは精神的な感覚ではなく、むしろ我慢したうえで放尿するときの開放感に似ています。生理現象というと味気ないでしょうか。でも、「人間のなかにある見えない“気”のようなもの」=オーガズムであり、潮吹きである……と壮大な話にされると強い違和感を覚えるのです。

 心も満たされるセックスのほうが、気持ちいい。そこに異論はありません。バイブオナニーによる物理的な刺激もイイものですが、セックスで相手とともに高まるのは、物理的な快楽とはまったく別モノです。心の隅々にまで満足感が染みわたっていく感覚は、何度体験しても新鮮です。性欲は物理的な刺激で満たせますが、性交欲はこうした精神的な充足感なくしては満たせません。

スピなセックスは精神医学を上回る

 でもそれを、気とかエネルギーとか実体のないものに帰結したいとも思わないのです。「イキそうでイケない子が苦しそうな表情をするのは、外に出て相手と交じり合いたい『気』が、心をブロックすることでせき止められ、出る場所を探してもがき苦しんでいる」「その苦しさが最高潮に達したとき、出る場所を探していた『気』が潮吹きを誘発する」と、潮吹きというセックスにおいて不要なもの(どころか、女性にとっては迷惑でしかないもの)を、スピリチュアル的な到達点のひとつとして提示されるのは、弊害しか感じません。

 ほか、セックスの前に「催淫CD」を聴かせると、トラウマを刺激されてその女性が多重人格だと発覚したり、幼児退行がはじまったり……という下りには、辟易します。私自身が「催淫」というものに胡散臭さしか感じていない(ほんとうにエビデンスを伴ったものができれば、ノーベル賞ものだと思っています。性欲減退障害、性機能障害に悩む多くの人たちに寄与できるから!)ので、そもそも強いバイアスがかかっているのですが、こうも精神医学的なことがセックスひとつで解決できてしまうとなると、眉ツバ感ばかりがむくむくと大きくなっていき当惑します。

 セックスで自己が損なわれることは多々あります。それとは逆に、セックスで開放される、あるいは自己を取り戻せることもあるでしょう。だからといって、そこまで万能だとも思えません。描かれている女性たちの一部は、催淫CDを聴かされて生じる役割期待に応えているだけのようにも見え、かえって痛々しくなりました。

 要は、スピリチュアルな色づけをしたり精神面をことさら強調することで、セックスと女性の身体、性を壮大で神秘的なものに見せることに、私は抵抗感があるのです。それは数々の宗教(カルト)がやってきたことでもあります。なかでも本書では、そうしたセックスの精神効果が行き着く先のひとつが「母性」とされています。出たよ、母性……。

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桃子

オトナのオモチャ約200種を所有し、それらを試しては、使用感をブログにつづるとともに、グッズを使ったラブコミュニケーションの楽しさを発信中。著書『今夜、コレを試します(OL桃子のオモチャ日記)』ブックマン社。

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