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愚行にもほどがある!「インフルかかりた~い♪」はなぜ罪深いか

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Photo by Esparta Palma from Flickr

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 今冬も、インフルエンザが猛威をふるった。筆者の子供が通う保育園でも、一月にクラスメイトの半数がインフル感染して欠席、しかもA型とB型どちらも同じくらいいた。昨年のうちに親子で予防注射は打っていたが(子供は二回摂取)、インフルにかかった園児たちも「予防接種はしていた」ものの、それでも感染して症状が出、欠席することとなったと聞いた。

 完全に感染を回避できないのに、なぜインフルエンザの予防接種を打つのか。筆者は、重症化をなんとしても避けたいため、抗体を獲得しておくべく打っている。特に幼児や高齢者には、インフルエンザ感染がほんの風邪症状にとどまらず、命に関わる重篤な疾患(脳炎や肺炎など)に進行してしまうことがある。だから感染は防げなくとも、軽症で回復するために打つというのがひとつ。そしてもうひとつ、「流行を防ぐため」でもある。集団の場(学校、職場、交通機関など)で誰も予防せずにいれば、ウィルスはあっという間に流行し、重篤者や死亡者が出てしまう懸念も強まる。個々に予防することで、流行を堰きとめることができるはずである。

 しかし「あえて予防してません。インフルにかかりた~い♪」と、暢気なようで実は全然穏やかでない発言をする人々もいる。今に問題視されはじめたわけではないが、ホメオパシーなど代替医療を篤く信じ実践する方々の一部には、インフルエンザ感染で高熱などの症状が出ることを「浄化」「体のお掃除」「最高のデトックス」等と捉え、一度感染してしまえば(その型のウィルスにかんしては)免疫ができるということで、「早く感染しておきたい」と考える人がいる。また、「カラダとココロの状態が良ければインフルに感染しても症状が出ない」とし、レメディの服用や、心身を“整える”ことで基礎免疫力を高めておけば、予防せずとも感染することなく過ごせる、という主張も。

 ホメオパシーの真偽についてここでは取り沙汰しないが、では「予防せず、積極的にインフルエンザにかかりたがっている」彼らは、免疫力の低い人間や、ウィルス感染が命とりになるような人間についてはどう考えているのだろうか。何も考えていないのか。はたまた「日頃から鍛錬していない個人の自己責任」とみなすのだろうか?

 たとえば小学校に通い集団教育を受けているひとりの児童が、予防をせずインフルエンザに感染したとする。その児童は幸いにも全快したが、クラスメイトたち、そしてその家族にまで感染は広がってしまったとしよう。そのなかに、基礎疾患などがありワクチンを接種したくともできなかった児童や家族、免疫異常などの持病を持つ児童や家族、つまりインフルエンザ感染が命とりになりかねない人間が含まれていたらどうなるか。

 「インフルかかりたい」と能天気に発する当事者は健康体かもしれないが、自分がウィルスの媒介人となり、他人を巻き込む可能性について微塵も思い当たらないとしたら、愚かだとしか言いようがない。山奥で一人きり生活しているのではなく、社会集団のなかにいる以上、公衆衛生の概念に基づいて病気の予防に努める必要が出てくる。何を信じ実践するかは個人次第だが、その観点だけは決して忘れてはならない。
(ヒポポ照子)

ヒポポ照子

東京で働くお母さんのひとり。大きなカバを見るのが好きです。

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