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「子を産む責任」という女への圧力。「産まない」選択した山口智子、そして小泉今日子の言葉から考える

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山口智子オフィシャルサイトより

山口智子オフィシャルサイトより

 2月12日発売の雑誌「FRaU」(講談社)3月号に掲載された、山口智子(51)のロングインタビューが波紋を広げている。彼女は夫・唐沢寿明(52)とのあいだに子供をもうけなかったことについて、初めて「子供を産んで育てる人生ではない、別の人生を望んでいました」と能動的な選択だったことを明言。当サイトでも取り上げたが、当該記事のコメント欄だけでなく、SNS上でも議論が活発化している。これを「逆に“懺悔の念”を感じさせる。若い女性たちに自身の生き方を反面教師にして欲しいという思いが強いのかも」と分析する“芸能評論家”もいた。

 女性が「私は産まない」と意思表示することが、これほど関心を呼ぶのは、「女性は全員、産むべき」という抑圧がいまだ機能していることの裏返しだ。しかも一枚岩ではなく、

(A)「女の肉体で生まれたからには、出産の悦びを!」派
(B)「社会保障制度存続のために産むべき(=社会構成員としての義務)」派
(C)「子育ての不自由を回避して自由を謳歌するのはワガママ女」派

 などなど、いくつもの抑圧が重なり合っている。BとCは近い側面を持つが、理屈ぬきの主張なだけにAが一番性質が悪いようにも思える。そういえば昨年、評論家の金美齢(82)が、「子供産まない自由を強調する女性は浅くて未熟」と繰り広げたことを覚えているだろうか(「SAPIO」2015年4月号/小学館)。

 これは、「AERA」(2015年2月16日号/朝日新聞出版)の「『子どもいらない』は人に非ずなのか」なる特集を受けての金美齢の提言だ。「AERA」特集では、世界に先がけて超少子高齢社会化する日本では昨今、出産礼賛の空気が漂い、女性が「子どもは欲しくない」とは決して口にできなくなっていることを問題視。蔓延する「出産・育児至上主義」に疑問を投げかけた。金美齢は、次のように主張。

『記事は、「出産礼賛な空気が行き過ぎれば、“圧力”になることも忘れてはいけない」と結ばれている。しかし、私はあえて言いたい。「子どもを産まない自由」を謳歌する女性は、それぐらいの“圧力”は受け入れなければならないと』

 「もちろん個人の自由は尊重する」としながらも、

『出産できる環境や状態にあるのに、「子どもいらない」と主張する女性は、人間としての責任を果たしていない』

 と断罪。彼女は現代の日本社会を、『むしろ、「子どもを産まない自由」が優遇されすぎている』『出産は個人の自由な選択であり、国や他人が口出しすることをタブーとする風潮が根強い』と感じているそうで、『AERA』特集の認識とは真逆だ。彼女は、子供を産まない選択をとる女性を『自由や権利ばかりを強調する女性』と決めつけている。

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ヒポポ照子

東京で働くお母さんのひとり。大きなカバを見るのが好きです。

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