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世界の一部、人間の営みの鮮やかな切断。紗倉まな『最低。』書評

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紗倉まな

紗倉まな『最低。』(KADOKAWA)

 現役トップAV女優・紗倉まな。彼女は18歳のとき自ら志願してプロダクションの面接を受け、女優になった。撮影は月に1本の専属単体女優で、清潔感のある風貌から瞬く間に人気を博した。そこそこ明るくて、反面そこそこ落ち込むこともあって、しかし過剰なビッチオーラもメンヘラ臭も放たない彼女は、良い意味でフツーの女の子で、だからこそ人気を保っているのだと思う。もちろんフツーの女の子、つまり平均値の女性と比べたら桁違いにルックスが可愛いことは間違いないのだけど。

 紗倉まなは以前から「文章を書きたい」と言っていた。そんなことを、みんな言う。文章でも、歌でも、なんでもいいから表現をしたいと。誰でも好きなように好きなだけ書けばいいけれど、それが売値相応の価値を持つのはほんの一握りだ。だけど紗倉まなはちゃんと書いたし、その文章は「紗倉まなが書いた」という付加価値を除いても、読ませるものだ。当サイトでのコラム連載も、締切を守り、安定したクオリティの原稿を上げてくる。昨年1月に上梓した自伝『高専生だった私が出会った世界でたった一つの天職』(宝島社)も評判だった。そうして、『最低。』(KADOKAWA)で、満を持しての小説家デビュー。彼女は何を書いたのか。

「めんど、くさ。」

 四つの短編集をおさめた『最低。』は、オビに「四人のAV女優を巡る渇望の物語」とあるが、読後感は全然違った。確かにそれぞれに、一人ずつAV女優が登場する。だがイメージ通りのAV女優が描かれたのは、冒頭の「彩乃」だけである。

 家族に秘密でAV女優になった19歳の彩乃は、その描写からもっとも「紗倉まな」に近い、若くて美しくて胸の大きい女性を想像できるだろう(紗倉まなは家族公認で仕事を始めたが)。上京して学生生活を送っていた彩乃がFacebookを通じて知り合った年上の男性は、スカウトマンだった。単体女優の仕事を開始した彩乃は、父と同じくらいの年齢の「男優人生二十五年のベテラン」と絡んだり、「十コスチューム生本番」を撮影したり。月に1本ずつのリリースを9本重ねたところで、親バレの電話がかかってくる。彩乃の心境は、「めんど、くさ」。女優になったからといって、セキュリティのしっかりしたマンションに引っ越してもいないし、夜の六本木で豪遊もしないし、ひとりで近所で大盛りラーメンを頼んで満腹になる、フツーのままの彩乃に、ファンはやっぱり紗倉まなの姿を重ねたくなるだろう。そして彼女は能動的にひさしぶりの恋をするのだが、それで何かが変わるのかどうか、わからない。わからないまま、物語はハッピーエンドでもバッドエンドでもなく、ごく自然に終わる。いや、終わってない。ある新人単体女優の日常の一部を切り取ってみせただけだ。

 それは他の三編も同様だ。しかも「桃子」編では、女優の心境は一切語られない。芸能プロダクションを開いた、芸能の世界にはまったく不向きな誠実すぎる男性の目線で、桃子がどのような女性だったのか読者は知らされる。やはり桃子も彩乃と同じように、さして特殊な女性ではなかった。悲惨さもエキセントリックな性格も持ち合わせていない、フツーよりも少し大人びて人格者であるとすら思う(あくまで男の目から見た桃子は)。

 続く「美穂」は金融関係の会社を寿退社した専業主婦だが、夫が何を考えているのか分からない。孤独。夫がオナニーしているのは知っている。だけどセックスはずっと、ない。「そろそろ子供欲しい」と美穂が話し合いを持ちかけても、「今じゃなきゃだめ?」と夫は逃げる。28歳で入籍して7年、もうすぐ35歳なのに。美穂はうんざりする。

——あぁ。この男は、面倒くさいんだろう。連れ添った情だけの相手と絶頂を迎えるまでセックスをすることも。子供ができて、そのあいだ、献身的に美穂をフォローしなければならないことも。今現在のことも、後々の未来のことも。それならば、なんで結婚なんかしたんだろう。

 美穂のモノローグはリアルだ。夫を性行為に誘い、「疲れてる」と言われた美穂が放つ、「だって、疲れていない時なんてないでしょう?」。その夫が「それならオナニーしているところを見せてほしい」と漏らすと、美穂は陰部を手でまさぐるが、心の中では「ほんとうは床にこすりつけたかったけど」と小さくつぶやく。美穂はオナニーなら床派なのだ。こうした描写をさらりと入れてくる。

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