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ご飯は家族一緒に食べたい? 食卓と家族の現在を探る

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『平成の家族と食』(晶文社)

『平成の家族と食』(晶文社)

人々は食卓で何を食べているのだろうか? そしてその食事は、誰によって、どんな考えのもと、どのように作られているのか? 人々は家庭生活において、食卓を囲む時間に何を求めているのだろう?

『平成の家族と食』(晶文社)は、現代日本の家庭における食の現状を描き出そうとした本だ。著者である3人の社会学者(品田知美・野田潤・畠山洋輔)は、味の素株式会社広報部が数年おきに実施してきた全国調査のデータを分析することで、先のような問いに答えようとしている。この味の素による調査は、(原則として)配偶者のいる女性を対象に、食生活の考えや行動について調査する目的で行われてきたものだ。

今日のご飯は何にしよう?

本書は大きく分けて[基礎編]と[分析編]から成る。[基礎編]では、「和食はどれくらい食べられているか」「主婦はコンビニで食料を購入しているか」「男性は台所へ入っているか」「食事中どれくらい会話するか」という具合に、トピック毎にデータが分析されている。それらを読み進めていくうちに意識させられるのは、家庭というプライベートな空間で行われる食事が、家庭の中で完結しているのではなく、社会の中で語られる食についてのあれこれの考えと密接な関係を持っている、ということだ。

この本で議論される、家族をもつ人の自炊を中心にした生活では、食事を作ることに「ひとのために作る」という要件が入ってくる。家族がいれば、シングルのように自分の好きなもの食べたいものを作り、食べるだけでは済まない。どういうものを家族に食べさせたらいいのだろうと考えることになる。家族に子どもが含まれればなおのことだ。そしてその家の料理の作り手が固定していたならば……それは大変な仕事になる(いや、「いたならば」ではない。多くの家庭でその役割を未だに女性が固定的に担っていることは本書でもあらためて示されている)。

こうした仕事を日々こなしていくためには、どんな食事・食卓を作るか、なんらかの基準やイメージが必要になるだろう。そんな求めに応えるように、この社会では、食や食卓に関するさまざまな考えが、メディアを通して発信され、また人々の間でやりとりされている。

和食がいい、一汁三菜を基本にすべきだ、体にいいものを食べよう、栄養バランスに気をつけよう、手間がかかった料理をするべき/手抜きでもいい、朝食を抜いてはいけない、etc…。

人々は自身が生まれ育ってきた食生活のあり方を基本としつつ、メディアや人々の話を通して触れた食についての考えからいろいろなものを取り込み、継ぎ合わせて、自分なりの基準やイメージを、意識的、無意識的に作り上げていく。家族がいて食事を作る人には、そこに、家族が絡んだ考えも関係してくる。

家族一緒にご飯を食べよう、女性がご飯を作るのは当たり前、家事は分担すべきだ、手づくりのご飯で家族への愛情を表現しよう、食事のマナーを通して子どもをしつけましょう、etc…。

本書では、調査の分析を通して、このような食や食卓に関する考えが、家族を持つ女性たちによって、どのように取り込まれたり/取り込まれていなかったりするのか、その実態が示される。同時に、それぞれの考えについて、距離をとって冷静に眺めてみることもできる。それは、(家族持ちであれシングルであれ)自分自身の食生活について、それがどんな基準やイメージに基づいて、出来上がっているのか振り返ってみる機会になる。どんな食事をいいと考えるのか、毎日の生活における食事という機会をどんな時間にしたいのか、食事を作るという家事を無理なくこなすためにはどんな考えを(家族で)持てばいいのか。

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