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H.I.S.東大美女臨席ツアー炎上…から、賢い東大美女の「欲望」「意思」が聞こえてこない

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柴田英里

(C)柴田英里

 5月11日に発表された「東大美女図鑑の学生たちが、あなたの隣に座って現地まで楽しくフライトしてくれるキャンペーン」と題したH.I.S.のツアーキャンペーンに「女子学生を商品化している」「セクハラではないか」など批判が集中し、企画発表当日のうちに公式サイトに謝罪文が発表され中止となりました。

 企画は、写真誌『東大美女図鑑』に登場する現役の東大女子学生が、抽選で選ばれた5組の旅行者に対して1人ずつ同行し、機内でいろんなおしゃべりをしてくれるというものでした。

 東大美人女子学生が機内でしてくれるおしゃべりは、工学部都市工学科の女子学生が「行き先の街の成り立ちを教えて」くれる、文学部行動文化学科の女子学生が「教養のある雑学を語って」くれる、教育学部総合教育科の女子学生が「夏休みの宿題を教えて」くれる、理科二類の女子学生が「お笑いについて熱く語って」くれる、などという内容が予定されていたそうです。一見、学生の専門知識を生かしているようで、「東大美女」「いろんなおしゃべり」「あなたの隣に座って」という、学生の教養とは別の点が強調されていたこと、男子学生もいる「東大生」を起用したキャンペーンではなく、「東大美女」学生を企画のメインにしているということの背景にある「男性=主体」「女性=客体」という性別の非対称性などから、「キャバクラ的だ」「学生に接待させるな」という批判が出るのは当然でしょう。

 元参議院議員の田嶋陽子氏は、テレビ朝日系『鳥羽慎一モーニングショー』で、「社会全体がフワフワして、ネットで何か言われたからってすぐ引っ込めちゃう信念のなさが気に入らない」と言及したそうですが、確かに氏の仰る通り、信念と意義を持って作られた企画であれば、すぐさま中止するよりも、企画意図を再度説明するなどの対応も出来たはずです。そうではなく、「批判されたからとりあえずすぐ中止」という対応をしたことは、「東大美女」をキャンペーンに起用することに関して確固たる信念がなかった。「東大美女」キャンペーンに深い意義はなく、些末なものと考えていた(「東大美女」を客体のみのオプション扱いしていた)と目されても仕方ありません。

 5月12日に行なわれたJ-CASTニュースの取材によれば、H.I.S.の広報担当者は、「フライト中の時間を有意義にできないかという思いから始めた企画だったが、性別における配慮が欠けていた部分があった」「お客様からの指摘を真摯に受け止め、中止を決定いたしました」と答え、『東大美女図鑑』の学生とコラボした理由については、同乗する女子学生の旅費もH.I.S.が負担することから、「参加した学生の見識の向上にもつながると考えた」。旅客の隣の席に座るという企画内容は、女子大生側からも「快諾」を得ていたと強調したといいます。

東大美女側の欲望

 さて、ここまでで不思議に思うのは、「東大美女図鑑の学生たちが、あなたの隣に座って現地まで楽しくフライトしてくれるキャンペーン」に起用された5人の女子学生や、この企画に協力した『東大美女図鑑』編集部や、それに近い立場からの声がまったく聞こえてこない点です。

 『東大美女図鑑』だけでなく、各大学で毎年盛大に執り行われる「ミスコン」「ミスターコン」などを見れば、学生側にも、「容姿を誉められたい」「容姿によって目立ちたい・ちやほやされたい」「モデルや俳優などのプロとしてではなく、大学生というブランドの中で、セミプロくらいの位置づけで容姿を承認されたい」「他者の容姿を評したい」などという欲望があるはずです。

 学生が「学生という身分を用いて容姿を承認されること」というのは、持ってはいけない、語ってはいけない欲望なのでしょうか? 勉学に取り組むことは、己の容姿や学問以外への興味関心を捨てねばならないことなのでしょうか? 「容姿を誉められたい」という欲望は、学生として持つべきではない浅ましいものなのでしょうか?

 炎上したHKT48の『アインシュタインよりディアナ・アグロン』の歌詞に、女子大学生が「メイク練習しつつ ニュースも見よう」「女の子は恋も仕事もして 楽しく 自由に」という替え歌を作ったことは大学教員をはじめ多くの人たちに誉められたのに、「容姿を承認されたい」と思う学生の側の意見がちっとも出てこないのが、不思議でならないのです。

 「モデルや俳優などのプロとしてではなく、大学生というブランドの中で、セミプロくらいの位置づけで容姿を承認されたい」という欲望は、どうしてこうもスルーされ、かつ、当事者の声が聞こえてこないのでしょう。モデルや俳優などのプロとしてではなく、あくまで大学生というセミプロ的な立ち位置が、「中途半端」と評され得る危険からの回避でしょうか。「(頭が良い)大学生」と「美人/イケメン」のいいとこ取りをしたい、という欲望をオープンにすることが「他者から承認される」ことにおいて不利益になるからでしょうか。世間の大人が出した見解に異を唱えることは就活などで不利になると目されるからでしょうか。それとも、客体であることに慣れすぎて、あるいは「他者の失敗を許さない」風潮のネット空間を恐れて、流れに任せて大人が言うままに従うことこそが賢いことで処世であるとでも考えているのでしょうか。いずれにせよ、流れに任せて誰かが言うままに従うことばかりでは、幼いまま成長しないうえ、社会化もしにくいように思います。

 『東大美女図鑑』とは、「勉強一辺倒で大学生活を楽しんでいない」という従来の東大女性のイメージを打破し、東大女性と東京大学のイメージアップを図るために2013年から活動を開始したもので、現在は活動開始翌年に結成されたサークル「STEMS US」の一部である「『東大美女図鑑』編集部」によって運営されているそうです。

 「東大美女図鑑の学生たちが、あなたの隣に座って現地まで楽しくフライトしてくれるキャンペーン」はその活動の一環であり、自分の意思で選んだものであるなら、これだけミスコンやミスターコンが学生の間で盛り上がっているなら、その思いや意思を表明する人がいても良いのではないでしょうか。自身の「欲望」の輪郭を自覚していない、批判を恐れて「欲望」を表明しないといった、学生側の非を責めるつもりはありません。それよりも、彼らが意思を表明することが出来ない・出来にくい、当たり障りのないことしか発言できない背景に「他者の失敗を許さない」風潮のネット空間があることを遺憾に思います。

 私は、「(頭が良い)大学生と美人/イケメンのいいとこ取りをしたい」「セミプロくらいの位置づけで容姿を承認されたい」「社会的な信用を持ちつつ消費されたい」というような、社会で“あざとい”“卑しい”と眉をひそめられる欲望に向き合うこと、欲望そのものとその背景を解析することは、ジェンダースタディーズの発展になくてはならないものであると考えます。

 「LINEスタンプを送るようにインスタントにきれいと承認されたい」「社会的な信用という主体性を持ちつつ客体として消費されたい」など、重厚ではない、不真面目で、ペラペラに見える欲望こそ、「セクハラだ」「性別における配慮が欠けていた」で、終わらせること無く真摯に向き合わねばならないのではないでしょうか。

柴田英里

現代美術作家、文筆家。彫刻史において蔑ろにされてきた装飾性と、彫刻身体の攪乱と拡張をメインテーマに活動しています。Book Newsサイトにて『ケンタッキー・フランケンシュタイン博士の戦闘美少女研究室』を不定期で連載中。好きな肉は牛と馬、好きなエナジードリンクはオロナミンCとレッドブルです。現在、様々なマイノリティーの為のアートイベント「マイノリティー・アートポリティクス・アカデミー(MAPA)」の映像・記録誌をつくるためにCAMPFIREにてクラウドファンディングを実施中。

@erishibata

「マイノリティー・アートポリティクス・アカデミー(MAPA)」

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