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アダルトグッズ漫画に付き物の「処女性」と「性の客体でいろ」という価値観

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 アダルトグッズ業界と聞くと多くの人はアヤしいイメージを持たれるでしょう。かつての私も「胡散臭そう」「反社会的なのでは」とゴリゴリの偏見を抱いておりました。そういう時代があったのは確かですし、いまもその片鱗がまったくないとはいえないのかもしれません。でも、私が間近で見ているかぎり、そこで働く人たちはほかの業界にお勤めの方となんら変わりません。

 よくはわからないけどスゴそうな世界、と思われているからでしょうか。「アダルトグッズ業界」はコミック作品で、たびたび舞台になっています。たとえば、花津ハナヨさんの『情熱のアレ』。綿密な取材をもとに描かれているので、ラブコメ要素もたっぷりありながら“お仕事漫画”として楽しめます。

 なんといっても、肝はリアリティですよね。SNSを見ていると、ドラマ『コウノドリ』では産婦人科医の方々が、ドラマ『重版出来』では出版系の方々が「号泣!」などエモーショナルな書き込みをされていて、リアリティこそ感動の源泉なのだと実感します。それでいうと、『情熱のアレ』以外のアダルトグッズ業界モノは、私にとってはなはだ物足りない。“お仕事モノ”ではなく“エロ漫画”として描かれるものがほとんどなので、それも致し方なくはあるんですけど。

 花見沢Q太郎『おとなのオモチャ』(少年画報社)はそのものズバリのタイトルですが、主人公は地味でまじめ、そして恋愛経験のない……正確にいうと“処女”の姫乃小毬ちゃん。出た出た~、これ、アダルトグッズ業界モノの典型です。「処女、ないしは恋愛経験の少ない子がアダルトグッズ会社に就職」「何をする会社かよくわからずに入社したら、アダルトグッズメーカーだった!」などなど。漫画の世界にツッコむのは野暮ですが、後者については、バカなの? としか思えません。おそらくこれには主人公に「性にもアダルトグッズにも免疫のない、まっさらな視線で業界を見る」役割が主人公に課せられいるがゆえなのでしょう。“業界における処女性”が求められているのです。それにしても、もう一度いいたいんですが……会社の業務内容も知らずに入社、って雑すぎない?

 先週紹介した『日本人はもうセックスしなくなるかもしれない』(幻冬舎)で、AV監督の二村ヒトシさんは「童貞のまま、AV監督を目指す男性が増えている」とお話をされていました。たしかに、処女でアダルトグッズ業界入りも、まったくありえない話ではないのかもしれません。バイブレーターを使うバージンはそうそういませんが、ローターであれば少なからずいるはずですので、処女ならではの視線を商品開発に反映するのは意義のあることです……が、『おとな~』は男性向けのエロ漫画ですから、この設定は「処女なのにオモチャ!」というギャップ萌えを誘発する装置以外の何者でもありません。

処女なのに、は夢のフレーズ

 処女なのにAV監督という設定は、渡辺ペコさんの『キナコタイフーン』にありましたが、こちらはその処女性で男性の勃起を誘う要素は皆無で、むしろそれを打ち砕くようなハチャメチャぶりやこじらせぶりが発揮されていて、たいへん面白かったです。女性の“処女”は男のためのものではなく、その人本人のものですもんね。その彼女が、AVという男女の性のなまなましい現場に触れることで何か変わるのか? 1巻以降、続刊していなのが惜しまれます。

 一方で、女性だけのアダルトグッズ・メーカーという設定は斬新です。私の知るかぎり、これまで国内にそんなメーカーは存在しません(ショップならあります)。長らく男性主導、というか作り手に男性しかいなかった日本のアダルトグッズ業界。いまは過度期ですが、まだまだその傾向は強いです。キャッキャいいながらバイブやローターを開発し、それを女性ユーザーに届ける……その一部始終を女性だけで行う会社があったらステキですね。そんな私の夢想はあっさり裏切られ、その「ピンクハートカンパニー」はオナホールのヒットで一躍有名になったとのこと。女性に使うバイブに女性目線が大事なのと同様、男性が使うオナホールは男性が考えるのがいちばんだと思うけど。

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桃子

オトナのオモチャ約200種を所有し、それらを試しては、使用感をブログにつづるとともに、グッズを使ったラブコミュニケーションの楽しさを発信中。著書『今夜、コレを試します(OL桃子のオモチャ日記)』ブックマン社。

@_momoco_

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