カルチャー

【イベント】枡野浩一×『かなわない』植本一子。家族・夫婦・コミュニケーション

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 messyにて2015年9月から今年3月まで連載された、枡野浩一さんの小説『神様がくれたインポ』が、このたび書籍化の運びとなりました。書籍タイトルは『愛のことはもう仕方ない』。同名の書き下ろし短編を加えたボリュームある一冊です。

 この刊行を記念して、枡野浩一連続トークイベントを開催します。

 第一弾のお相手をしてくださったのは、初の著書『家族無計画』(朝日出版社)を本日10日にリリースされたばかりの、エッセイスト・紫原明子さん。起業家・家入一真氏と18歳で結婚し、即出産、二児の母として10数年「正しい家族」であろうと務めてきた彼女は、31歳で離婚。同書では家族にまつわるデリケートな問題に切り込み、<なにかと息苦しい現代家族の渦中から“寛容”と“自由”を提言>しています。離婚した元夫である枡野さん、離婚した元妻である紫原さん。おふたりで探る、「家族とは? 夫婦とは?」。お楽しみに。

※このイベントは6月18日に終了しました。

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 続きまして第二弾! こちらも豪華ゲストにご登場いただきます。2011年に育児日記『働けECD わたしの育児混沌記』を出されてから5年。その続編であり読む者の胸を突き刺す凄まじい一冊『かなわない』(タバブックス)を今年2月に出版し、大きなムーヴメントを巻き起こしている、写真家の植本一子さんです。

 インポを告白した枡野さんと、不倫や育児のつらさを告白した植本さん。後者は大きな反響を呼ぶのに、前者に「俺も!」と反応する男性は皆無……そんなおふたりのトークテーマは「性のコミュニケーション」に設定させていただきました。ご期待ください。

▼開催日時
2016年6月25日(土)16時30分開場/17時開演(~19時頃終了予定)

▼場所
サイゾーイベントスペース
東京都渋谷区道玄坂1丁目20−8 寿パークビル2F

▼内容
トーク終了後に物販、サイン会あり

▼定員
50名
(ご予約多数の場合は先着順となります。ご承知ください)

▼チケット料金
500円
(当日、入場の際にお支払いをお願いいたします)

▼イベント予約ページ/枡野浩一×植本一子 2016.6月25日
<こちらからご予約ください>
※ご予約いただいた方には、後日スタッフから確認のメールをお送りさせていただきます。 
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本記事では特別に、『神様がくれたインポ』第一話を再収録。15日の発売日まで待ちきれない皆様、まだ読んだことがないという皆様、どうぞご覧くださいませ。

枡野浩一 神様がくれたインポ/第一回
「精力もお金も潔さもなく毎朝しぼむ四十七歳」

 お笑い芸人トリオ「屯田兵」から誕生日プレゼントとしてきのう貰った甘いラスクを、自分で豆から淹れた砂糖ぬきのコーヒーにひたして食べながら、これから書く文章は小説だということにしたいと私は強く思いました。

 今年の六月まで丸二年、お笑い芸人の事務所に所属して、コントや漫才に取り組んでいました。三人とも年下である屯田兵は、芸人としては先輩にあたります。一年前に彼らが誕生日プレゼントをくれたので、そのお返しをしなくてはならないと一年間思いつづけて、やっとお返しのプレゼントを持って彼らの出るライブに足を運ぶことができました。が、またもや彼らからお返しを貰ってしまった。そのお返しをする機会はいつ、つくれるだろう。それを気にしつつラスクをほおばり、ひらがなの「め」のところが馬鹿になっているボロボロのノートパソコンと格闘している私は、九月二十三日で四十七歳になる予定です。

 さっき近所の本屋で村上春樹の新刊『職業としての小説家』を買いました。大嫌いな小説家なのですが、大嫌いであることをあらためて確認したくて読みます。「あらためて」は「あらた」まで書いたら予測変換で「改めて」と出たので「改」をひらがなに変えました。

 村上春樹の新刊は字が小さかった。私はもう老眼で、こんな小さな字は読みにくい。村上春樹は私より年上だと思うのですが、いつもマラソンで体を鍛えていると老眼にもなりにくいのでしょうか。私はパソコンの画面の字も巨大になるよう設定しています。紙の資料を読むときは近視眼鏡を外し、パソコンの画面を見るときは近視眼鏡をかけます。遠近両用眼鏡を買うお金もなく、ノートパソコンも修理に出せません。「画面」と書くときは「映画面白い」と書いてから余分な字を消しました。眼鏡は「眼科の鏡」と書きました。

 なかなか本題に入らない文章だと、いらいらしている読者もいるかと思います。この文章に本題はありません。あるのかもしれませんが今はわかりません。だから小説だということにしたいと思いました。などと書くと、小説のほうがエッセイなどの文章より高級だと信じている読者のほうがこの世では多数派だから、「こんなの小説じゃない」というツッコミの大合唱が聞こえてきます。空耳で。

 実際、私が書いた『結婚失格』という小説は、「事実しか書いてないから小説ではなくエッセイだ」と評されていました。事実しか書いてないなんてこと、なぜわかるのでしょうか。どのように裏をとったのでしょうか。百歩ゆずって仮に事実しか書いてないとしても、事実ばかりをもっぱら書く「私小説」というジャンルの存在を知らないのでしょうか。

 私の書いた本で最も売れたのは『ショートソング』という小説です。一時は吉祥寺のブックオフに三カ所くらい山積みされていたほど売れました。漫画化もされました。売れなかった『結婚失格』と売れた『ショートソング』、事実と虚構の混ぜ具合は一緒くらいだと著者本人は思っています。『ショートソング』をエッセイだと言った人は全然いません。

 芸人の又吉直樹さんの小説『火花』が芥川賞をとりました。私は又吉直樹さんの作品や存在のファンで『火花』も面白かったけれど、二年前に出た本『東京百景』のほうがもっと好きです。『東京百景』は小説ともエッセイとも書かれていません。ただ「文章」と書かれていました。潔い。エッセイなのか小説なのか関係なく、すみずみまで美しい一冊です。

 物書き業に行き詰まりを感じてお笑い芸人をめざしていた私は、しかし体力と経済力が追いつかなくなって元の物書きに戻りました。最後のほうは月に二十数本のステージに立って漫才をしていました。けれどもちっとも黒字にならない。生活費を稼ぐための時間が欲しい。漫才の稽古をする小さな公園で泣きながらそう訴えた私に、相方である先輩芸人は「又吉さんは芸人をやりながら小説を書いたじゃないか」と言いました。十歳年下ながら芸歴十五年めの先輩芸人は正しいことしか言いません。大好きな又吉さんをうらみました。号泣する四十六歳の男を、公園にいた小さな子供たちが、不思議そうに見つめていました。

 その様子をもうひとりの相方がニヤニヤ笑いながらスマートフォンで撮影していました。私たちはトリオだった。自分の号泣する姿はあとで冷静に観たら笑えるかもしれないと頭の片隅で考えていました。しかしもうひとりの相方はいざというときに何もできない男で、号泣動画は一秒も撮れていなかったのでした。

 私には生き別れの息子がいます。今年十五歳になりましたが十二年ほど会っていません。『結婚失格』が文庫本になるとき、映画評論家の町山智浩さんが解説を書いてくれました。最初から最後まで全否定の解説でした。ふつうは前半でけなしたら後半でフォローするとかするのが文庫解説というものだと思っていました。町山さんを招いてのトークイベントも企画し、それをインターネット中継したら、イベントと文庫解説は大評判になりました。でもみんな解説だけ立ち読みして文庫本を買わなかったみたいです。以後の私は「町山さんに叱られた男」として広く知られています。

 枡野くんが面白い人でいたら、息子さんも会いたくなると思うよ。町山さんに言われたことをまにうけて私は芸人になろうと思いました。ほかにも理由はありましたがそれが自分の背中をいちばん押してくれた言葉です。でも無理でした。私は面白い人じゃなかった。

 又吉さんのようには才能もないし、まったく潔くない。この文章は小説なんですと、言い張りたい。なぜかというと世間の多数派の人が、小説は虚構でエッセイは実話だと思い込んでいるから、それを利用したいのです。

 実際には歌人の穂村弘さんのように、エッセイとうたっておきながら、「西荻窪」という地名を「花荻窪」という架空の地名にしたりするなど、どこまで実話なのかがわからなくなるような嘘のエッセイを書く人もいます。

 芸人の話す「実話」も半分くらい嘘です。嘘というのは言い過ぎだとしても、話が盛られ過ぎています。私は嘘が苦手です。嘘をつくなら墓場まで持っていく覚悟でつきたい。

 この文章のタイトルは『神様がくれたインポ』です。自分で考えました。数年前、酒を飲んでいるときになにげなく口にしたフレーズですが、作家の伏見憲明さんがやっている新宿二丁目のバーで、中村うさぎさんが面白がってくれたので記憶にメモしました。数年がたちましたが、私のものは今も立ちません。

 うまいこと言おうとしたわけではないです。

 いや、たまに立つ日もあってそんなときはスマートフォンで記念写真を撮るのですが、それで何が起きるわけでもなく、気がつくとしぼんでいます。写真も死んだあと発見されると気まずいので、すぐに消してしまいます。

 この文章はインターネットに掲載されます。『神様がくれたインポ』。このタイトルを背負って生きていくことができるでしょうか。息子が「本当の父親」をさがして検索したとき、最初に出てきたのがこの文章だったら。これでも私は高校の国語教科書に短歌が載っているほど現代日本を代表する歌人なのです。

 息子が高校に進学したのかどうかは知りません。進学していたとしても、私の短歌が載った教科書をつかわない高校である可能性のほうが高いでしょう。万一この文章が評判になって、私の代表作になってしまったら。単行本化してヒットしてしまい、家を建てたとしたら「インポ御殿」と呼ばれてしまいます。

 そんなリスクを負って、眼鏡をかけたり外したりして、「め」の打てないノートパソコンに向かったところで、どんな未来が待っているというのでしょう。わかっているのは原稿料が貰えるということだけです。長く書いても短く書いても原稿料は一回いくらなので、短く書こうと思っていたのにこんなに書いてしまいました。コーヒーは冷め、ラスクのかすがキーボードの隙間につまっていきます。

 この文章の発表の場をくれた女性編集長は、打ち合わせのために予約してくれた神楽坂の店で、「私の思う枡野さんのいいところは男らしくないところ。悪いところは男らしさにあこがれているところです」と言いました。

 それは当たっていると思いました。芸人になりたかったのも、芸人の世界に混じれば、いわゆる乱交パーティなどに混じれるのではないかと少し期待していたところがあったし。

 実際、私の所属していた芸人事務所の先輩かどうかは言えないし、これは小説だから関係ない事務所の話にしておきますが、ある一世を風靡した芸人さんが飲み会の席で、別のコンビの芸人さんと、男二人女一人の3Pをしたことがあると話していたことがあります。

 立ちもしないくせに乱交パーティだとか3Pだとか、検索でここに辿り着いた十五歳の君は心底あきれるかもしれない。これには長い伏線があったんだ。わかってくれなくてもいいから、続きを読んではくれないだろうか。

 私は生まれてからずっと、世間の多数派の求める「男らしさ」とは無縁だった。それゆえ「男らしさ」にあこがれてきたけれど、結局その「男らしさ」になじむことはできず挫折を繰り返し、かといって女になりたいわけでもなくて、恥の多い生涯を送って来ました。

(つづく)

このつづきは6月中旬発売予定の単行本『愛のことはもう仕方ない』でどうぞ。

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