連載

ほっこりキリスト教映画『神様メール』は「神ってヒデェ!」のオンパレード

【この記事のキーワード】
SpiYakou47

映画『神様メール』公式HPより

 横暴な父親(神=ヤハウェ)をギャフンと言わせるために、娘のエアが家出前に置き土産! それは父親(神)が世界を操るために使っているパソコンを拝借し、人々へ向けてメールで〈余命〉を一斉送信してしまうこと。そして自分の命のカウントダウンを知ってしまった人類は、大パニックに!?

 現在公開中の映画『神様メール』は「ちょっと(かなり?)ヘンテコだけど、世界はやっぱりあたたかい!」と、適度にほっこりできるコメディ映画……ではあるのですが、作中のネタをじっくり吟味すると、キリスト教ってかなりアレ? と思えてくるような描写がチラホラ。そこで噛み砕いたキリスト教紹介に定評のある作家・架神(かがみ)恭介氏に、作中のキリスト教ネタについて解説してもらい、『神様メール』のほっこりしてられない鑑賞ポイントをチェックしてみましょう。

 パンフレットに掲載されている監督へのインタビューでは「この作品は宗教や神というよりも、人間が本来持つパワーがテーマになっている」と語られているものの、やはり聖書ネタが続々登場しています。

 まずは物語冒頭。地上へ家出した神様の娘エアは、『新・新訳聖書』を書くために新たな〈使徒〉を集めていきます。このメンバーが、おそらく全員〈キリスト教的にアチャー〉な人たち。おそらく「とーちゃん(神)の禁止することなんて、全部やってやるもんね!」的な、強い反抗心の表れです。

 エアが選んだひとりめの使徒は左腕がない美女・オーレリーですが、聖書的にはどうなのでしょう?

架神恭介氏(以下、架神)「旧約聖書には身体障害者は祭司として適切ではない、という記述があります※1。不具者は祭壇に近付くな、冒涜だ、と神は言ってるんですね。『不完全なものは神の聖性を損なう』という思想があったようです。ただ、今では身体障害者の神父さんとかいますけどね」※1『旧約聖書翻訳委員会訳 旧約聖書』(岩波書店)レビ記 21章「祭司たるべき者の身体的条件」

エロ妄想はダメ、女装もダメ

 お次の使徒は、長年堅実に会社勤めをしていたけれど、余命を知り「こんな仕事やってられっかと公園のベンチから動かなくなったクロードさん。

架神いわゆる『働かざる者食うべからず』ですかね。新約聖書のテサロニケ第二では『もうすぐ終末が来るもんね』と浮かれて働かなくなった人たちに対して、この言葉で釘を刺しています※2※2『旧約聖書翻訳委員会訳 旧約聖書』(岩波書店)テサロニケ人への第二の手紙 3章「怠惰な生活に対する警告」

 頭の中が常にエロ妄想でパンパンで、女を買いに走るメタボ系のマルクおじさまは……。

架神「十戒の『あなたは姦淫してはならない』〉ですね※3。殺し屋・フランソワも同じく十戒の〈汝殺すなかれ〉※4、ゴリラと恋に落ちる老婦人は、〈獣姦したやつは死ね〉とありますので※5、もちろんNG。さらに殺し屋も老婦人も不倫をしますから、これもキリスト教的にアウトです」※3、4『旧約聖書翻訳委員会訳 旧約聖書』(岩波書店)出エジプト記章、※5 出エジプト記22章「社会生活に関する定め」動物と寝るものはすべて、必ず死ななければならない。

 最後の「女の子になりたい」というウイリー君は、今の時代的には珍しくないトランスジェンダーなのでしょうが、彼も聖書的にアウトですか?

架神「はい。〈女の恰好をしたら殺す!〉※6と、神は言ってます。神は女装が嫌いなんですね。まあ実際は、当時、異教の習慣で女装があったためと考えられていますが」※6『旧約聖書翻訳委員会訳 旧約聖書』(岩波書店)「申命記」22章「忌み嫌うべき服装」

 見事なまでに聖書上〈コレしちゃダメ〉という条件を踏んでいる人物を、使徒にチョイスしたエア。そして全力でディスられている父親(神)のほうはといえば、娘に嫌われるのも納得のクソオヤジっぷりを発揮しています。エアが仕事部屋に無断で入ればぶんなげてベルトで殴り、常に不機嫌で家族に怒鳴り散らし、家庭内の空気は暗~く重~く、心底最悪です。

架神「でも旧約聖書に『子供をしつけるときはムチで殴れ』って書いてありますから※7、あれも聖書的には普通なんですよ。だから原理主義的なエホバの証人とかは一昔前まで躾でバリバリ鞭を振るってたようです」※7『旧約聖書翻訳委員会訳 旧約聖書』(岩波書店)「箴言13章24「鞭を控える者は、自分の息子を憎む者。だが、彼を愛する者は、つとめて懲らしめを求める」

 現代日本の一般的な子育てしか知らない私は、あのシーンで心底ひえ~となりましたけどね……。また、〈この世のあらゆる不幸は、神様が暇つぶしに面白がって作った〉という設定も斬新でした。

架神「聖書上で〈神が嫌がらせのために不幸を作った〉という説明は出てきませんが、『ヨブ記』のパロディかなと思えるシーンはありましたね。ヨブ記は、悪いことをしたらひどいめにあうという〈因果応報〉の思想に対するアンサーの模索です。理想と現実にはギャップがあり、悪人が栄えることもあるし偉人がひどいめにあうこともあるという現実を、どう乗り越えるかというエピソードなんです

1 2

山田ノジル

自然派、エコ、オーガニック、ホリスティック、○○セラピー、お話会。だいたいそんな感じのキーワード周辺に漂う、科学的根拠のないトンデモ健康法をウォッチング中。当サイトmessyの連載「スピリチュアル百鬼夜行」を元にした書籍を、来春発行予定。

twitter:@YamadaNojiru

Facebook

[PR]
[PR]

messy新着記事一覧へ

旧約聖書を知っていますか (新潮文庫)