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不可逆的なダメージを受けた魂の再生を描く『銀の匙』

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ginnosaji0928s

アニメ『銀の匙 SilverSpoon』公式HPより

大きな挫折を経験した後、人は、どのように立ち直るのだろう?

 生まれてから何年、何十年と生きても、人生、わからないことだらけですよね!!  私が30数年の人生でまだわからないことの一つに、「大きな挫折を経験した後、人は、どのように立ち直るのだろう?」というものがあります。挫折した後、どう人生を立て直せばいいのだろう、ということを私はよく考えるのですが、未だ答えは見つかっていません。

 2013年7月からフジテレビのノイタミナ枠(木曜深夜0:45)で放送され、9月19日がシーズン1の最終回だったアニメ『銀の匙SilverSpoon』は、挫折しても、そこから立ち直る方法はいろいろある、と思わせてくれる番組でした。

『銀の匙』

『銀の匙 SilverSpoon』は、中高一貫の進学校で勉強に挫折し、逃げるように北海道の農業高校に進学した少年・八軒勇吾(はちけん・ゆうご)が酪農と食を通じ、様々な発見をする物語です。原作は累計1000万部を達成した荒川宏氏による漫画作品で、現在も「週刊少年サンデー」(小学館)で連載中です。

 この物語は、八軒が大蝦夷農業高等学校(エゾノー)の酪農科学科1年D組に入学するところから始まります。山や深い森がいつも背景に描きこまれる風光明媚なエゾノーの校訓は「勤労・協同・理不尽」で、土木科・森林化・農業科・食品加工科・酪農科などがあります。八軒はこの学校で寮に暮らし、勉学に励みつつ、馬と豚の世話をする晴耕雨読の生活を送ります。作品では、この慣れない生活に八軒が奮闘する姿が描かれます。

 印象的なエピソードに、八軒が責任者となって、校内の森(広大な敷地には原生林がある)で見つけた石窯でピザを焼き、同級生・上級生の皆で食べるシーンがあります。校訓どおり、学生が各科の特殊技能を活かし、窯を修理し、学校で収穫した素材で一からピザを作り、それを青空の下、森の中で食べるところが描かれます。

 見ていて素直に羨ましいです。採れたてのアスパラガスや手作りチーズで作ったこだわりピザ! そんないいもの、一度も食べたことない! 私は農家出身ではないので、オール手作りピザを食べられないのはまあしょうがないとしても、「仲間と屋外でピザを食べる」なんて機会、私にはおそらく一生縁がなさそうなので。

答えはひとつだけじゃない

 しかし、『銀の匙』は「大自然の中、みんなでワイワイ美味しいもん食べれば挫折の記憶もふっとぶよね!」などという安易な作品では、ありません。

 まず八軒のキャラクタ―ですが、クラスメイトに数学を教えたり、屠殺される運命の子豚に名前を付けたりと、基本は優しいお人好しキャラですが、時々彼のブラックな面も描かれるのです。

 ブラック八軒は、勉強や進路が絡むと出現します。そういうときは農家の後継ぎのクラスメイトに「いいよな、後継ぎは気楽で。受験もせずに高校入れて。」などと絡んだりする、面倒くさい人になります。

 しかし、私は八軒のブラックな部分にこそ、魅力を感じます。それは、八軒のブラックな部分が、彼の挫折によるものだと思うからです。動物やクラスメイトに囲まれ、ゆたかな色彩で描かれる高校生活とは対照的に、八軒が回想する中学時代のシーンは、灰色で描かれます。回想シーンで「将来の夢とか、ないですから」と中学の先生に語る八軒は死んだ魚のような目をしています。八軒は、東大生の兄といつも比べられ、死ぬ程勉強したにも関わらず勉強に挫折し内部進学をあきらめ、農業高校に進学した、という経歴の持ち主です。八軒は「自分は逃げてきた」と思い込んでおり、そのことを常に気に病んでいます。さらにシーズン1では詳細は明かされませんでしたが、家庭にも居場所がないらしく、ゴールデンウィークや夏休みさえも帰省しません。

 そんな彼は同級生の実家の農場を見学した際、「親に相手にされないうえに、食肉一直線の運命」の牛を気の毒に思います。さらには授業で世話をしている子豚に情が移り、クラスメイトの反対を押し切って「豚丼」と命名し、特別にかわいがります。

 折角大きくなったのに、3カ月でベーコンになる運命の豚丼ちゃんが生まれてきた意味について、八軒は悩みます。

 「豚、食えるか?」と上級生に聞かれ「正直わかりません」と言いながらも、次のシーンでは「困ったことに美味い!」とベーコンを頬張る八軒。彼は畜産動物の処分の線引きが各農家で違っているのを見て、「答えはひとつじゃないんだって言ってくれてる気がする」と考えます。

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大和彩

米国の大学と美大を卒業後、日本で会社員に。しかし会社の倒産やリストラなどで次々職を失い貧困に陥いる。その状況をリアルタイムで発信したブログがきっかけとなり2013年6月より「messy」にて執筆活動を始める。著書『失職女子。 ~私がリストラされてから、生活保護を受給するまで(WAVE出版)』。現在はうつ、子宮内膜症、腫瘍、腰痛など闘病中。好きな食べ物は、熱いお茶。

『失職女子。 ~私がリストラされてから、生活保護を受給するまで(WAVE出版)』

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