「二股恋愛」の筋を押し通す、現代の強い悪女
駆け出しの政治記者として働いている毒島ゆり子(前田敦子)は、常に二股恋愛をすると決心している女性である。そんなことを決心してどうするんだとも思うが、とにかくしているのだ。そこに疑問を持たれると話が前に進まないので、ひとまずは納得していただきたい。
いかにも尻軽だと思われがちな毒島だが、真面目だか不真面目なんだかよくわからないルールを自らに課している。それは、「交際前に二股を伝える」「不倫はしない」ことだ。これだけ聞くと、昨今よく耳にするようになった「ポリアモリー(複数恋愛)」を連想させる。
『はじめての不倫学』(坂爪真吾著、光文社新書)によると、ポリアモリーとは「通常の一対一の関係に縛られることなく、すべての関係者の合意を得た上で、複数の相手と自分のニーズに合った愛情関係を責任を持って作り上げる人間関係のスタイル」なのだという。
しかし、毒島の場合、その基準からは明らかに逸脱している。二股の合意は取っているものの、関係性は一方的で男性側は納得していない。しかも、毒島自身も嫉妬心を抱くからタチが悪い。毒島が二股交際している幅美登里(黒猫チェルシー、渡辺大知)のバンドに女性のメンバーが新加入した際も、露骨に不快感を示した。突然、美登里と一緒に現れた新しい女性メンバーは、「わざとだよ?」の名言で悪女界を震撼させた幸子(漫画『NANA』集英社)を彷彿とさせる赤毛の前髪パッツン女・来夢(チャラン・ポ・ランタン、もも)。初対面にもかかわらず、危険信号を敏感に察知した毒島の悪女レーダーはさすがである。
『毒島〜』のチーフプロデューサー・橋本梓氏は、雑誌「an・an」2016年5月25日号のなかで、毒島は「悪女」と呼ばれようが決して打算ではなく、彼女のなかでは「筋が通っている」という趣旨の発言をしている。いったいどこに筋が通っているのか、男の筆者としては皆目見当がつかないが、作中の男たちもやはり同じだったようで、後に二股戦略は次々と破綻していく。
しかし、同じく奔放な性を楽しむ親友の桑原ナナミ(中村静香)に対して、「ナナミちゃんのはセフレ。私のは真剣な男女交際。全然違いますから」とうそぶいていることからもわかるとおり、毒島のなかでは筋が通っており、一人の男に所有されることを拒みながらも、恋愛至上主義の現代における「筋」を強引に押し通そうとする、謎の力強さが感じられる。
男がすべてを捨ててまで愛する女の幸せ
そんな毒島に自身のルールを破らせたのが、ライバル社に勤める小津翔太(新井浩文)だった。小津は周囲から「特権階級」と称されるほどの敏腕記者であり、女子アナの妻を持つ既婚者だ。当初は気持ちを抑えていた毒島だったが、クロワッサンの食べ方が自分好みというだけの理由で、ついに不倫関係へと陥ってしまう。クロワッサン、恐るべしである。
ちなみに、毒島の仕事に対するスタンスは、意外にも真面目だ。プライベートでは魔性の魅力を躊躇なく行使するものの、政治家からのセクハラを毅然とした態度で拒むし、スクープをものにするために女性であることを利用したこともない。小津の紹介で政治家とつながりを持ちやすくなった側面はあるが、基本的にはひたむきな仕事への態度が評価されて、記者として成長していく。しかし、そこは嫉妬が渦巻く伏魔殿である。男性中心の世界で活躍する毒島の姿に、陰謀めいた痴情の噂が流されたこともあった。あんなペイペイの若い女が活躍するなんて、裏でなにかやっているに違いない。どの業界にもある妬みである。これに関しては完全な濡れ衣だったが、小津とは隠れて不倫しているわけであった。
そして、プライベートでも仕事でも強い女を通していた毒島も、徐々に弱さが露呈する。そもそも二股にこだわるのは、かつて父親が不倫し、家庭が崩壊したトラウマがあったからなのだ。「男はいつか裏切る」という諦めが、彼女を二股に駆り立てていた。つまり、「自分が傷つかない恋愛」を追求した結果が、二股だったのである。男から見れば二股はたしかに悪女的な行為ではあるが、その根底には男の裏切りに対する警戒心があった。そして、「不倫はしない」というルールを課していたのは、不倫を心から憎悪していたためだった。
過去の自分に鞭打ってまで小津との不倫に堕ちていった毒島。想いを募らせた彼女は、あることに気づいてしまう。それは、あれだけ憎んだ父親の愛人に心のどこかで憧れ、尊敬していたという事実だった。そして、毒島は自分のなかにある隠れた欲望を、こんな言葉で紡ぎ出す。
「男がすべてを捨ててまで愛する女は、どれだけ幸せなんだろう」
この瞬間、毒島ゆり子は、本当の意味での「悪女」になったのだと、筆者は思っている。