ピンクへの嫌悪と攻撃
柴田 アメリカの玩具に関して、もうちょっとお話を聞かせていただいてもいいですか? ピンクは幼さや性的なイメージを喚起させる色で、それが「女の色」とされていることに対して特に欧米ではアンチ・ピンクがムーヴメントになりました。アメリカでは女子に対するSTEM教育熱の高まりもあり、幼い女の子が遊びながらエンジニアリングを学べる玩具<ゴールディー・ブロックス>や、DIYドールハウスキット<ルーミネイト>が誕生。この本では第二章に詳しく書かれていますね。玩具業界全体に向けて「玩具をピンク(女児)とブルー(男児)で分けることをやめるべきである」と訴える保護者団体もあらわれ……ロンドンの団体<ピンク・スティンクス(ピンク色の悪臭)>の話は衝撃的でした。女児にメイクアップ玩具を売らないよう抗議するとか、あまりにもピンクをネガティブに扱いすぎではないか? と。確かにピンク色の女児玩具は「お世話」と「かわいさ」の領域におさまるものが多いけれど、先ほどから繰り返しているようにそこに「強さ」を見出す女児もいるわけで……。
堀越 ウーマンリブの素地がある欧米で、ピンクに対する嫌悪感情が爆発したという側面はあると思います。ピンクとフェミニズムの敵対関係。これはもちろん元々のピンクという色が嫌いなんじゃなくて、ピンク色に込められた社会的なイメージが「悪臭」だってことですね。一方で、「ピンクという色自体は悪じゃない、私はピンクが好きなフェミニストだ」と発言する方も登場しています。昨年、作家のRoxane Gay(ロクサン・ゲイ)氏が「私はバッド・フェミニストだ」とスピーチして大きな話題になりました。彼女は「ピンクが好き」なのです。
柴田 堀越さんはピンクを身につけない?
堀越 好きなピンクもたくさんありますが、自分が身につけるのはちょっと苦手で。洋服ならアースカラーを好んで着ることが多いです。欧米でのアンチピンクの高まりについては、『プリンセス願望には危険がいっぱい/Cinderella Ate My Daughter』という本に非常に詳しく書かれています。原題がすごいですよね、「シンデレラが私の娘を食い殺す」。女児に容姿を過剰に意識させる風潮に警鐘を鳴らす、という内容で、プリンセス願望やピンクに対する批判がここに全部詰まっています。
私の本では、それ以降の流れを書きたかったんです。批判の世論が高まったことで、今、欧米の女児玩具業界はこのように変化しているよ、と。批判があったからこそのSTEM玩具ブームだと思うんですね。批判はメインではないんです、私の中では。その批判以降、こういうふうに面白いことになってますよ、ということをこの本では伝えたかった。
柴田 本当、面白いことになっていますよね。ひとつ疑問に思ったのですが、アメリカの玩具って、スマホのおもちゃはないんですか? スマホとかタブレット型のおもちゃ。今って、プリキュアもアイカツも、ジュエルペットなんかも、スマホを使って変身したり戦ったりするじゃないですか。ライダーもスマホで変身しますし。日本ではそういうタイプの玩具がもう定番みたいになっていて。
堀越 あー、そうですね。うちの娘にもジュエルポッドをねだられて買ってあげたことがあります。。アメリカのおもちゃでもあるのでしょうが、人気だという話はあまり聞いたことがないですね。
柴田 あれって日本における女の子向けのギーク玩具だと思うんです。スマホやタブレット型のおもちゃを4~5歳の子が普通に使いこなせる。いいことじゃないですか。
堀越 親がスマホを使っていると子供は興味を持ちますしね。
エルサをどう捉えるか
柴田 もうひとつ、いいですか。この本には、「男の子なんだけれどプリンセス的な装いが好きな子」についての記述はありましたけど、その逆で「女の子なんだけど、男の子的な振る舞いが好き」という子もいると思うんですね。で、またプリキュアの話になっちゃいますけど、プリキュアには、特に変身後の姿で、男の子的なキャラクターは出てこない。
堀越 ああ、プリキュアって変身後は全員スカート、スパッツをインナーに着ているとしても。髪の毛も、変身すると基本的に長く、華やかになりますよね。そういえば上の娘が「プリキュアみたいに髪を長くしたい!」と言い張っていたことを思い出しました。当時、子供の髪の毛を切りたいのに切らせてくれなくって。プリキュアもショートカットにして欲しい、と思ってました(笑)。
下戸山 どの放送時期ですか? キュアブラック、キュアブルーム、キュアルージュなど、変身後もショートのキャラは少ないながらも一応います。
堀越 『ハートキャッチプリキュア!』(10)の時期でしたね。変身すると全員がロングヘアーで。くそー、髪の毛が乾かしづらい!、と思った記憶があります。
下戸山 ハートキャッチの変身後は全員長かったですね。ただ、先ほどの話と重複しますが、ヒラヒラフリフリの派手な衣装や、人間離れしたロングヘアーって、華やかだし、「強さ」の象徴として機能しているから、ショートカットのキャラが投入されても人気になるかどうかはわからない。
柴田 そうですね。パッケージはピンクなんだけれど、中では、より強いものが女児に喜ばれている現状がある、と。でも今度は逆に、人気が欲しいからマジョリティ受けするロングヘアーで美しい少女キャラばかりになってしまうのも、マイノリティな女児にとってはどうなのか、という問題も出てくる。
堀越 『アナと雪の女王』ではエルサが圧倒的な人気で、アナの人気は低いですね。そういうふうに、複数のパターンのキャラを提示しても人気は二分されなくて偏ります。なぜでしょう? 映画が大流行した当時、エルサの真似をして足をどすん、って踏む小さな女の子、たくさん見かけました。
下戸山 やっぱりエルサも、「クール、かっこいい、強い」。アナが不人気なのは……。
堀越 なんででしょうね?
下戸山 勇敢ではあるんですけど、まず魔法の力を持ってない凡人だからじゃないでしょうか?
堀越 ああ、凡人。たしかに、アナは何の能力もないですね。大人の観客から見たらアナも魅力的な女の子ですけど、子供からすると、「あいつ何が出来るんだよ~」みたいな思いがあるのかもしれないですね。
柴田 あと、アナの無神経ぶりは子供心にも響いたと思いますよ、「何だこいつ」って(笑)。エルサが魔法をコントロールできずアナを傷つけてしまい不安でいっぱいになっているところへ、ズケズケと……。
堀越 扉開けまくりね(笑)。アナもそのとき子供だから仕方ないですよ……。
柴田 でも物語の冒頭だから、やっぱり、その「無神経な子」っていうファーストインプレッションが強いんじゃないかな、と。
アナ雪について堀越さんは本書で「解放された女性が進むその先の道を示している」というふうに評していますね。物語のラストで、能力を使って世界征服に乗り出すのではなく、王国を統治して国民を幸せにすることにエルサは力を使いますが、これを「能力をまるごと認め愛してくれる同性と信頼関係を築き、味方を増やし、自我を隠すのではなく他者の利になるようにコントロールすることで居場所を獲得する」シェリル・サンドバーグのようだと。私はそうは思えなくて、あの能力を誰かのために使うなんてしなくていい、氷の城で引きこもってたって別に良かったじゃないかと見てしまうんですが。
下戸山 え、でもあのままエルサが氷の城に引きこもっていたら、アレンデール王国は夏なのに雪と氷に包まれたままで滅亡したかもしれませんよ。それで後悔するのはエルサでしょう。
柴田 あー、そっか、そっか。
堀越 そうですよね、悪にはなりきれないタイプですよね。エルサの性格的に。